第16話 疫鬼

 床から染み出るように水が湧き出してきて、殭屍キョンシーが足を止める。


「うわっ!突然水が!」

殭屍キョンシーが沈んでおります!」


 床に沈み込む殭屍キョンシーの群れ。動き出してしまった死体を元に戻すことはできない。

 既に、その肉体には魂が宿っていないからだ。


 だから、その殭屍キョンシーごと黄泉の世界に落とす。

 こんな数、いちいち相手になんてしていられない。


「これは、どうなっているんだ?」

「黄泉への門だね」

「なんですと!こんなところで、死ぬわけには参りませぬ」


 王離は慌てて琅宋ろうそうを引き連れて、こちらまで戻ってきた。いや、よく見てよ。


 人は沈まないように、術の制限をかけている。


「あれは殭屍キョンシーだけ効く術だから。それに殭屍キョンシーとはいえ、人を手に掛けるのは気が引けるじゃない?」

「思いっきり、次々と沈んでいっているけどな」

「白。うるさい。札の数も限りがあるのだから、一体一体を相手にしてられないじゃない」

「そっちが本音だろう」


 凶暴だし。ほら、沈んでいっているヤツを飛び越えてくる個体もいるし。

 あんなのに噛まれるのってイヤじゃない。いっぺんに数を減らすことができるのなら、それでいいじゃない。


「ほら、王離。仕事だよ」


 妖魔相手なら、バシバシやれるのだけど、人型は苦手なんだよね。

 こういう仕事を拒否すると、母から仕事を選ぶとは偉くなったものですねと、言霊を宿した鳥がやってくるのだ。


 だけど、苦手なのは苦手なのだ。といっても、その手の仕事が多いのは事実。

 ここは首都瑞曉ずいきょう。多くの人が集まってくる。

 外からも多くの人が入ってくれば、恨みつらみというのも増えていく。


 この、人の死体を動かしているのも、未練を残した人の魂だったりする。いわゆるグゥイというものだ。


 こういうのは、さっさと黄泉に行ってもらうに限る。とても面倒だからね!


「そこの水の中に落としてくれたらいいから」


 床が水のように揺らめいているところを指しながらいう。


「これは、絶対に落ちぬのだろうな!」

「落ちない。落ちない」


 後方で陣取っている私の前方で、この国の皇帝と軍のお偉いさんが、凶暴化している殭屍キョンシーを床に叩きつけている。


 なんだか絵面が酷い。




 おおよそ、40体ほどの殭屍キョンシーを床に沈めた二人は、疲れたのか肩で息をしていた。


「なんだか異様に疲れる」

「身体が重いでありますな」


 その言葉に私は肩にくっついている白を横目で見る。


「俺は手は出さないぞ。出すのは口だけだ」


 わかっているよ。

 私は異様に疲れたと言って床にへたりこんでいる二人の背後に立った。


「黎明?」

琅宋ろうそう少し黙っていて」


 そう言って琅宋ろうそうの背中の何もない空間を掴んで、背後に向かって腕を振るった。


『ギャッ』


 床に転がるように伸びているのは、幼い子供だった。


「子供?」

『見つかっちゃった〜』


 キャラキャラと笑いながら走りさっていく少年。


「え?子供?どこから?」


 驚いている琅宋ろうそうを他所に、王離の右腕を掴むようにして、手を振るった。


 同じように何処からともなく子供が顕れ、去っていく。


「黎明……」


 呆れたように私の名前を呼ぶ白。わかっているよ。

 だけど、苦手なんだよね。


「あれは疫鬼。子供の姿を偽っているけど、妖魔だよ」


 私は子供が逃げ去った方に向かって左手を突き出す。そして、軽く何かを握り込むように指を丸めた。


「疫鬼とは、まさかこの屋敷の者たちが死んだ、血を吹き出す奇病に!我が主!」

「王離、うるさいよ。あれに気づかなければ、病を発症して死んだかもしれないけど、逃げ出したから病には罹らない」


 大声で叫ぶ王離に説明する。

 人の姿を偽って、人に取り憑くのが疫鬼だ。疲れたと言って、そのまま寝込んでしまえば、この屋敷の者たちを同じ末路を辿ったかもしれない。


 しかし、疫鬼は逃げたので、対処としてはこれでいい。

 だけど、私は退魔師なので、あれらを祓わないといけない。


 とはいっても、疫鬼は人が多くいる土地に存在する妖魔なので、祓ったかといっても安心することはできない。

 そう、その数は爆発的に増えることがあるからだ。死を振りまく疫病が人々を侵していく。


 ということは、この場にいるのがあの二体だけではないということがわかる。


 そして人の姿に擬態しているということは、人の社会に紛れ込みやすいというのもあるが、幼い子供の姿は祓うのを躊躇してしまう。


 白はそんな私に向かって呆れているのだ。退魔師のクセに、疫鬼を逃がす気なのかと。


 そんなつもりは毛頭ない。

 それを示すべく、私は突き出した左手を強く握ったのだった。



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