【短編】深海図書館の封印姫 〜世界を滅ぼす夢は、甘いお菓子の味がした〜
malka
第1話 『深海の夢、二人だけの甘いピクニック』
部屋の中央に据えられた巨大な半球形の水槽の中で、彼女――アドラが揺蕩っている。
太い鎖で締め上げられた、白いドレス姿。ひらひらと揺らめく裾が、ふわりふわりと水の中で舞っている。
「んぅ……」
わずかな身じろぎと共に、微かに開いた唇から、虹色に輝く泡がふわふわと、水槽の外へと流れてくる。
水槽の魔法障壁を越える泡。
ふよん……また一つ、新しい結晶が生まれた――『世界を変質させる夢の結晶』。
「アドラ、今度はどんな夢を見たの?」
私は微笑み、生まれたばかりの夢の欠片を受け止めるために席を立った。
大好きなアドラの長い、長い、蒼銀色の髪が水の中で煌いている。
ここには誰も来ない。
本の代わりに無数の結晶がきらきらと、一面に飾られた壮麗な図書館。
光すら届かない漆黒の海の底。世界に忘れ去られた、私とアドラだけの空間。
そっと、薄青色に透き通る宝石のような結晶を指の間に挟み、目の前に透かす。
黒い手袋ごしの指先に伝わるのは、チリチリと肌を焼くような恐ろしい感触。
もしこのまま外の世界へひょいと流せば、大陸の一つや二つ、たちまち飴細工のように融けて消えてしまう。
そんな危うい夢の結晶。
だから、今日も私が『処置』を施す。
長年使いこんだ作業机。ミリタリーロリータスタイルのドレスの袖を揺らし、お道具を手に取る。
ここは特等席。アドラを正面に眺めて作業ができる、夢の席。
水中にふわふわ踊る、蒼銀色の髪。ほっそりとした小柄な身体に、ほんのり膨らむ胸元。
全身を締め付ける鎖が華奢な少女の身体に背徳的な艶を加える。
なおもまどろみの中で沈む少女の姿に、甘く締め上げられる私の心臓。
ああ、可愛い。
可哀想で、愛おしい。
世界に捨てられた私の姫君。
世界を毒する夢を閉じ込めるため、この深海に沈む大図書館に封印された――封印姫。
カリカリ……カリ……カッカッッ……カリ。
筆先に据え付けられた漆黒の針で少しづつ、少しづつ。
夢の結晶を削り取っていく。
専用の魔法が込められた、特別な器具。
ダイヤモンドのやすりよりも、アダマンタイトの刃物よりも。的確に、精密に、夢の結晶を削る漆黒の針。
恐怖、絶望、憎悪……危険な想いを孕んだ内包物を。
在ってはならないと、世界が許してくれない夢、希望……アドラの願いの内包物を。
丁寧に削ぎ落とす。
そうして丸かった結晶は、徐々に宝石の輝きを増してゆく。
削り落された結晶の欠片は隔離空間に繋がる、小さな廃棄箱に慎重にしまう。
でもたまに、私の手は傍らの小さな宝石箱の方へと伸びる。
大切にしまう、わずかな欠片。
それは私とアドラ、2人の夢へとつながる欠片。
深海の底で、そっと、誰にも知られず。降り積もるきらきら煌めく小さな欠片たち。
「完成ね」
ほっと一息。
削り終えた可愛らしいオーバルカット(卵型)の夢の結晶。
世界にとって『無害』となったそれの綺麗なファセットが、黒いクッションの上で、涼やかな蒼い輝きを放つ。
張り詰めていた緊張を、こめかみをそっと指先でもみほぐして送り出す。
手袋を外した私の指がそっと、たった今私が削り出し終えた夢の結晶、夢の宝石に触れる。
恐る恐る。
触れれば壊れてしまう、シャボンの泡にするように、慎重に。
――そこは青空の下、どこまでも広がる青々と生い茂る草原。湖のほとりでお弁当を広げるアドラと私。
お隣にはおっきなクリーム色のくまさん。
それは、昨日の夢で一緒に巡った王都の素敵なお店で見つけた、ふかふかかわいい、ぬいぐるみ。
おっきなリボンも欲しかったのに。
そこから先は黒い、絶望の夢に侵食されていて、削り取るしかなかった……。
そっと開いた、ウィッカーバスケット。
たっぷりのカスタードクリームに苺を挟んだ真っ白ふわふわの食パン。
あむっとかぶりつく私達、濃厚な甘さが舌の上に絡んで、苺の甘酸っぱさをぽってりと包み込む。
あまりの幸せな味に、口の端にクリームがついちゃった。
脳髄が痺れるような陶酔感が指を駆け上がってくる。
蒼銀色の瞳、アドラの瞳がじっと見つめている。
私を見つめている。
漆黒の髪に、黄金の瞳。何事にも興味が無くて冷淡、つまらなさそうで退廃的。
そんな私の、見知った顔。
それなのに、夢の結晶が伝えてくる。
――視界が歪む。融け合う意識、入れ替わる視点。
聡明で真摯な眼差し。冷たい黄金の輝きの奥に、激しい情熱の炎を宿して、”わたくし”を見つめる。
深く昏い海の底、無数の夢の輝きに照らされた水槽の中の、いらなくなったお姫様。
そんな”わたくし”に、無上の愛と悦びを届けてくれる、愛しの……。
誘われるように、深紅の唇に指が伸びる。クリームをとるだけよ? そう言い訳すれば私――リネアは許しちゃうってわかっているから。
「ん……だめよ、刺激が強すぎる……のぉ」
夢の中の彼女が見る私。
私への依存、執着、そして甘ったるい愛欲。
私の意識が、夢の中のアドラの意識と溶け合って、境界線が失われていく。
“わたくし”(アドラ)が私(リネア)に向ける愛情、愛欲……狂ってしまいそう。
熱い吐息を漏らし、無理やり夢の結晶から指を離す。
すっと甘い糸を引くように、甘美な感触が指先に残る。
高鳴る鼓動を押さえつけるために、黒い手袋を再び嵌める。
「はふぅ……」
今日のは一段とすごかった、わね。
明日は寝不足だわ……。
そっと、薄青色の夢の宝石を棚に納め。無数の煌きの仲間に加える。
「おやすみなさい、アドラ」
どこかおぼつかない足取りで、深海の大図書館の片隅に据えられた私の部屋へと戻っていく。
※※※ ※※※ 作者後書き ※※※ ※※※
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
本作は3話で完結します。
続きが気になる方、是非、作品フォローをいただけますと幸いです。
12月中に合計8作品の短編百合物語を投稿いたします。
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次の更新予定
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