勇者観察記録

@howeve

第1話

俺の名前はレイヤー。二十代。

リファ王国の端っこで畑を耕す、ただの農民だ。――いや、転生者ではあるが、前世は平凡な日本人の凡人。学もないし大したスキルもない。だが、この世界は技術がそこそこ発展していて、俺はのんびりスローライフを送りつつ、ある目的のための下準備に励んでいた。


端っこの農民生活は案外悪くない。毎日土まみれになって、気が向けば酒場でくだを巻き、気が向かなければ昼寝をする。――この平穏がずっと続けばいいと思っていた。

……そう、「変な女」を拾うまでは。


ある朝、いつものように畑を耕していると、森の方からドンッと大きな衝撃音がした。畑に被害が出たら晩飯に直結する。仕方なく様子を見に行くと――


銀髪の長い少女が、半死半生で転がっていた。


エルフっぽいが、妙に立派な指輪をはめている。厄ネタの香りしかしない。正直、命に別状がないなら絶対に放っておきたいタイプだ。だが、傷だらけでこのまま放置すれば確実に死ぬ。無視はできない。


「生きてるー?」


返事はない。気絶しているらしい。


そこへ獣型の魔物が数体、襲来してきた。手に持っていた農具で迎撃――というより、ぶん殴って秒殺した。獣の死体を見下ろしながら、俺は呟く。


「今夜は肉だな。ご飯と合わせてソースも作っちまうか」


少女に応急処置を施し、とりあえず家の玄関に放置することにした。死にかけだったんだから、家に連れ込んで保護したくらいは勘弁してほしい。


「にしても、指輪持ちの銀髪って……王国のどっかの姫くらいしか心当たりねぇな。護衛は何してんだ?」


料理を作り切り、カレーと肉の奇跡のコラボを平らげながら考える。最高だ。食べ終わると、玄関に紙きれを残した。


――“飯食ったら帰れ”


王国とか貴族とか伯爵とか、もうごめんだ。関わりたくない。残念だが、死にかけの女の子を玄関に放置したり、容赦なく追い出す程度には、俺の性格は結構アレである。


翌朝、例の少女はテーブルの前にちょこんと座っていた。


「……なんで帰ってないの?」


「冷静に考えて、帰る家があると思いますか? 護衛にも馬車にも置いていかれたのに」


言われてみればその通りだ。下手すれば俺は殺人未遂やら誘拐やらに問われるんじゃないか。まずい。


「私の名はエフィ。元・ちょっぴり偉い人です。助けていただき、まずはありがとうございます。これからよろしくお願いしますね」


……魔獣を倒したことがバレている。


「あの……まじでなんでもするんで、罪には問わないでくれませんか?」


「元、ですよ。元。今は偉くありませんから、気にしなくて結構です」


エフィはあっけらかんと嘘をついた。何でもするから罪には問わないでください――と必死に頭を下げられても、いい気分ではない。


「私を住まわせてください。もちろん働きます」


「……すいません、やっぱナシでいいですか」


頼むから勘弁してくれ。捜索隊が動いていたら、火の粉どころか炎上まっしぐらだ。


「……ギリ、住むだけなら。うん」


仕事は畑を耕して税を納めて、余った分を売る。転生者パワーで作業効率は高いから、食い扶持くらい何とかなる。自分で働かせて、一ヶ月後には叩き出そう。そう決めた。


「じゃあ、一ヶ月は住んでいい。ただし、それ以降は出てってくれ」


エフィはわかりやすく不機嫌な顔をした。


「そんなに嫌なんですか? ……まあ、一旦それで納得しておきます」


「じゃ、部屋の掃除してくるからテキトーに過ごしてて」


市場で買った“まずい本”とか倉庫に放り込み、俺は外へ出る。するとエフィが不意に尋ねた。


「ところでレイヤーさん。何か隠し事してます?」


「レイヤーでいいぞ? 今日の飯、何がいい?」


……露骨に逸らしすぎたか。


「質問に答えてください」


ムッとした顔で少女はじっとこちらを見る。こっちも早く追い出したい。目的の邪魔になりそうだし、王国が動き出す前に縁を切っておいた方がいい。下手に周辺国が動き出すのはもっと面倒だ。


「本移動しただけだし、掃除終わり! はえーな俺。飯食おうぜ」


「いいですよ、ライアー?」


……今、名前いじられた? 妙に親しげだなこの人。本当に一ヶ月で出ていく気があるのか。


〜深夜〜


(とある少女視点)


まだ、生きていた。城からこっそり抜け出して、死にかけていた。でも今は生きている。二度も救われてしまった。出会い方が違っていたら、私が彼を救えたかもしれない。今度こそ、私が彼を守る。そう誓い、私は彼の動向を記す“日記”をつけることにした。毎日ではないが、私の記録だ。


ひとまずの課題は――一ヶ月以内に、彼を外へ連れ出すこと。

私を追っていた魔獣を一人で倒せる力があるなら、騎士に仕立て上げるのもありだし、王国からの呼び出し状で逃げ道を塞ぐのもありだ。どちらにせよ、彼を監視し続ける必要がある。そう判断して、私は眠りについた。


〜同じ頃、酒場〜


そんな思惑とは露知らず、レイヤーは酒場で愚痴をこぼしていた。


「だるい話、聞いてくれるか?」


馴染み相手に声をかけると、相手はため息混じりに返す。


「全然聞く気ねぇだろ、お前」


「女の子拾った」


相手は飲んでいた酒を吹き出した。俺にもかかる。冷たい。


「お前……ロリコンだったりする? いやまあ否定はしねぇけど」


「お前が引き取ってくんね?」


「……一応聞くけど、容姿と名前は?」


「エフィって名前で、銀髪で、赤い宝石の指輪つけてる」


「……厄ネタじゃん?」


「面倒くさい気配しかしないよな。衛兵とか孤児院に突き出すのも考えてる」


「ああ、最近王女が追放されたらしいし……関わってたらマジで面倒だぞ」


「そこまで偶然あるか? 俺の近くで襲われて、俺が畑耕してる早朝に追放って……都合良すぎるだろ。まあ、どっかの貴族の揉み消しだと思うけど」


「……ふっw」


鼻で笑われた。なんでだよ。


「ちなみに引き取って」

「絶対やだ」


酒場でくだを巻き、その夜は更けていった。


一週間ほどが経った頃、エフィがレストランで働き始めたらしいという噂を酒場で聞いた。もう看板娘になっているとかなんとか。


「んまぁ早めに追い出せそうで何よりだ」

「いいじゃねぇか、推定お嬢様だろ? 嫁にすれば」

「生憎と関わりは最小限に平穏に生きたいんだ私は」


酒を飲みつつ、俺はこれからどうすべきか悩んでいた。あの少女が、実は我が国の第三王女だと分かったからだ。掲示板や雑誌で大々的に行方不明の報道が出ていたので、指輪や所持品を照合すれば簡単に特定できる。働いてくれたのはありがたいが、城周りの人物と関わると面倒事になる。関係はさっさと断ち切るべきだ。


「……なぁ」


「なんだ急に」


「俺が王女かくまってたら、どうなるかな」


「誘拐と反逆罪……あとは本人の意向次第」


まずい、マジでまずい。王女を家に連れ込んでいた平民――その字面だけで実刑あり得るだろう。頭を再び抱え込む。どうする、逃げるか?


「逃げればよくね?」


それだ。逃げちまおう。別に他国に行っても俺なら生き残れるし、盗賊相手に逆に資源を取る自信もある。最高だ。1週間もこんなことで悩んでいた自分がバカらしい。金を持って逃げよう、そうしよう。王女を家に泊めているとかまずい以外の何物でもない。


「マジで逃げんのか、カスだな」

「言ってろ」

「お前の【特殊能力】ならー」

「知らねぇな、んじゃまたな」


会計を済ませ、家に帰ろうと店を出た瞬間――兵士が大量に出待ちしていた。


「王女誘拐の罪で、捕縛させていただく」


どうやら逃がしてはもらえないらしい。抵抗も考えたが、無駄だ。俺の逃亡計画は、出発前にあっさり終わった。くそ、見捨てればよかった。


「若い善良な市民に、もう少し優しくしても罰は当たらないと思うんだけどなぁ」


奇妙だった。家から抜け出そうとした瞬間を狙われるなんて、先回りされているような感覚――。誰かが俺の一手先を読んでいるのか? それとも偶然か?


大人しく、レイヤーは城の牢に一時的に拘束された。


「勇者様が現れるまでに捕縛が解ければ、何でもいいか」


思考を深い海の底へ沈め、俺はただ時が来るのを待つことにした。




牢の中で、壁にもたれていると薄暗い窓から小さな光が差し込んだ。金具の冷たさと、かすかな塩気の混じった空気。外では誰かが馬を繋ぐ音と兵士の低い声がする。俺の頭の中では、エフィの瞳とあの指輪の赤い輝きが離れない。

多分だけど、あれは。


「どうせなら、面白い方に転がってくれねぇかな」


独り言を呟くと、廊下の方から小さな物音がした。誰かが近づいてくる。

扉がギィと開くと、見慣れない中年の侍従が現れて、低い声でこう言った。


「お前が、レイヤーだな。話がある。無闇に動けば家族に被害が行く。協力を願いたい」


――予想外の“協力要請”。追い詰められた俺は、初めてこの件が単なる王女発見事件以上の何かであることを直感した。

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