第10話 膝上ゲーミングはラグなしの究極環境

 私は今、人生で初めての職業に就いている。

 それは、「ゲーミングチェアのクッション」だ。


 旧校舎の地下、サーバールーム。

 青白い照明とファンの音が支配する空間で、私は高級なゲーミングチェアに深く腰掛けていた。

 そして、私の膝の上には、この部屋の主である天王寺める《てんのうじめる》様が鎮座している。


 ちょこん。

 いや、むぎゅっ。


 める様は小柄だ。身長は私よりさらに低い140センチ台だろうか。

 彼女は私の太ももの上に、自分の小さなお尻を器用に収め、背中を私の胸やお腹に預けている。

 いわゆる、膝上だっこ。

 目の前のマルチモニターには、目にも止まらぬ速さで流れるプログラムコードや、FPSゲームの戦況が映し出されている。


「……んー、快適」


 める様が、私の胸元に後頭部をぐりぐりと押し付けながら呟いた。

 彼女の手はキーボードとマウスを高速で操作しているが、身体の重心は完全に私に預けられている。


「すごいよ、ふわり。フレームレート(fps)が安定してる」

「それは回線の問題では……?」

「ううん、私の脳内処理速度の問題。……君の体温と弾力が、私の神経ノイズを物理的に吸収(吸音)してくれるから、集中力が途切れないの」


 める様はそう言うと、私のパーカーの紐をいじりながら、さらに深くもたれかかってきた。

 彼女の背中が、私の柔らかいお腹に沈み込む。

 私の太ももは、彼女のお尻の感触をダイレクトに受け止めている。

 正直、重くはない。める様は軽い。

 ただ、密着度がすごい。

 パーカーとスウェット越しなのに、お互いの体温が溶け合って、境界線がわからなくなる。


「あの、める様。私、そろそろ足が痺れてきまして……」

「ダメ。まだクエスト途中」

「トイレに行きたいです……」

「我慢して。……あ、ここ(お腹)、まだ余ってるね」


 める様はキーボードから片手を離すと、私のわき腹のお肉を無造作に掴んだ。


 むにゅぅ。


「ひゃうっ! くすぐったいです!」

「……低反発リストレスト。……うん、手首の疲れが取れる」

「私のお肉はパソコン周辺機器じゃありません!」


 抗議するも、彼女は聞く耳を持たない。

 むしろ、私のわき腹をぷにぷにと揉む感触を楽しんでいるようで、操作のリズムに合わせて指が食い込んでくる。


 カチャカチャ、ターン!(むにゅっ)

 カチャカチャ、ターン!(ぷにっ)


 どんなリズムゲームですか。

 私は助けを求めて、部屋の隅に視線を送った。

 そこには、風紀委員長の凛子様が腕組みをして仁王立ちしていた。


「……不純だ」

「凛子様、助けてください……」

「天王寺。独占時間は終了だと言っているだろう。交代しろ」

「えー、やだ。まだログインしたばっかだし」


 める様はモニターから目を離さず、気怠げに返した。


「それに、凛子ちゃんには無理だよ。この体勢(ポジ)」

「何だと?」

「だって凛子ちゃん、筋肉質で硬いじゃん。ふわりの膝の上に乗ったら、ふわりの脚が壊れるよ? 圧壊(クラッシュ)するよ?」

「ぐっ……!」


 凛子様が言葉に詰まる。

 図星だったらしい。彼女は悔しそうに自分の引き締まった太ももを叩いた。


「……だが、貴様ばかりズルいぞ。その、後ろから包まれている感じ……絶対に気持ちいいはずだ」

「うん、最高。……背中がポカポカして、ふわりの匂いがずーっと鼻先にあるの。……廃人になるぅ」

「代われ! 今すぐ代われ! これは治安維持のための強制執行だ!」


 凛子様が我慢の限界とばかりに歩み寄ろうとした、その時。


 ウィィィィン――。

 ガシュッ!


 鋼鉄の扉が、正規の手順(アクセス権限)で開かれた音がした。

 そこに立っていたのは、三つの人影しゅら


「……見つけたわよ、泥棒猫たち」


 生徒会長、西園寺玲華さいおんじれいか様。

 その両脇には、白衣の雫先輩と、絵筆を持ったカレン様。

 学園のトップ3が、地獄の業火のようなオーラを纏って降臨していた。


「げっ。……レイドボス出現」

 める様が舌打ちをする。


のうきんさん。貴女、護衛任務と言ってふわりを連れ出しておきながら、何をしているの?」

「会長……。これは、その、敵情視察で……」

「嘘をおっしゃい! その羨ましそうな顔、完全にお預けを食らった犬よ!」


 玲華様がズカズカと部屋に入ってくる。

 彼女の視線が、私とめる様の「合体状態」に釘付けになった。


「……なっ!?」


 玲華様が絶句する。

 続いて、雫先輩とカレン様も息を呑んだ。


「なんて……なんて羨ましい……いや、破廉恥な体勢なの!」

「合理的だが……許せん。密着面積が私の計算を超えている」

「私のミューズを椅子にするなんて! そこをどきなさい、引きこもり!」


 三人が猛然と襲いかかってくる。

 しかし、める様は動じない。

 彼女は私の身体にしがみついたまま、とろんとした瞳で三人を挑発的に見上げた。


「……やだ」

「は?」

「ここ、私の新しい拠点(ホーム)だもん。……課金しても譲らない」


 める様はそう宣言すると、私の首筋に顔を埋め、見せつけるようにスリスリと頬ずりをした。


「あったかい……。柔らかい……。もう、ここ以外の椅子には座れない身体になった。……責任、取ってもらうし」


 その言葉が、火に油を注いだ。


「責任!? ふわりは私の充電器よ!」

「私の実験動物(モルモット)だ!」

「私の抱き枕よ!」

「私の背後(バック)担当だ!」

「私の椅子だし!」


 五人の天才令嬢が、私を中心にして円陣を組み、ギャーギャーと言い争いを始めた。

 全員の主張が一方的すぎる。

 そして、全員の目が血走っている。

 彼女たちは気づいてしまったのだ。

 一人の「マシュマロボディ」に対して、需要(天才たちのストレス)が供給を遥かに上回っていることに。


「……あの、みなさん?」


 私が弱々しく声を上げる。

 しかし、声はかき消された。


「こうなったら実力行使よ! ふわり、こっちに来なさい!」

 玲華様が私の右腕を掴む。

「待て、サンプルを破損させるな! 私が確保する!」

 雫先輩が左腕を掴む。

「私のインスピレーションを奪わないで!」

 カレン様が首に抱きつく。

「背後の安全確保は急務だ!」

 凛子様が背中にへばりつく。

「動かないでよ! ラグが出るじゃん!」

 める様が膝の上で暴れる。


 ――むぎゅぅぅぅぅ!!


 全方向からの圧力。

 私の身体は、前後左右、そして上下(膝上)から同時に圧迫された。

 五人の体温。五種類のいい匂い。そして、五つの強烈な「依存心」。

 私の柔らかいお肉が、それぞれの天才たちの形に合わせて変形し、彼女たちを飲み込んでいく。

 ああ、ダメ。そんなにしたら、皆さんの幸せホルモンがとんでもないことに!


「「「「「……はにゃぁ……♡」」」」」


 全員が同時に、とろけた。

 もはや言葉ではない、快楽の溜息。

 サーバールームの冷たい空気が、一気に熱帯のように湿り気を帯びる。


 私は、五人の天才に埋もれながら、天井を見上げた。

 重い。暑い。苦しい。

 でも……悪い気はしない、かもしれない。

 無数のケーブルが絡み合うこの部屋で、私たちは物理的にも精神的にも、複雑に絡み合ってしまったようだ。

 こうして、私の身体一つを五人で奪い合う、仁義なきハーレム生活が幕を開けたのだった。


 ただ一つ、問題があるとすれば。

 私の身体は一つしかなくて、一日は24時間しかないということだ。


 これ、絶対パンクしますよね?

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