第2話 生徒会室は○○しないと出られない部屋
ガチャリ、と重厚な金属音が響いた。
それは、私の退路が断たれた音であり、社会的な死刑宣告の音にも聞こえた。
放課後の生徒会室。
そこは選ばれたエリートのみが入室を許される聖域だ。壁一面の書架、磨き上げられたマホガニーの執務机、そして部屋の中央には、高級ホテルに置いてありそうな革張りのソファセットが鎮座している。
空気清浄機が静かな音を立てているだけの、完全な密室。
そこで私は今、学園の支配者・
「鍵、閉めましたよね……?」
「ええ。邪魔が入ると困るから」
(じ、邪魔ってなに?)
玲華様は当然のように言い放ち、ブラインドを下ろした。
夕日が遮られ、部屋が薄暗くなる。
彼女はジャケットを脱ぎ、椅子の背もたれにかけた。白いブラウス越しでもわかる、華奢な肩のライン。しかし、その背中には世界地図よりも重い責任が乗っているのだろう。昼間見たときよりも、目の下の隈が濃くなっている気がする。
「さあ、そこに座りなさい」
玲華様が指差したのは、あの高級ソファだった。
私は恐縮して、ソファの端っこにちょこんと座る。お尻がむにゅっと沈む。高級な革の感触に、私の庶民的なスカート生地が悲鳴を上げている気がした。
「失礼します……あの、性能テストというのは、具体的に何を……計算ドリルとかですか?」
「そんな非効率なことはさせないわ」
玲華様はため息交じりに言いながら、私のすぐ隣に座った。
距離が、近い。
太ももが触れ合う距離だ。私のむちむちした太ももと、玲華様のスラリとした太ももが接触し、体温交換を始めている。
「君、名前は?」
「わ、
「ふわり。名は体を表すというけれど、出来すぎね」
玲華様は手元のスマートフォンを取り出し、タイマーをセットした。
表示された時間は『30:00』。
「これから30分間、君の職務は一つだけよ」
「は、はい! なんでしょう!」
「じっとしていること。……私の充電器として」
え?
疑問を口にする間もなく、視界が暗転した。
玲華様が、私の身体に向かって倒れ込んできたのだ。
ふにゅん。
そんな間の抜けた音が、部屋に響いた気がした。
玲華様の上半身が、私の膝の上……正確には、太ももとお腹の境界線あたりに、完全に預けられている。
いわゆる、膝枕だ。
ただし、ただの膝枕ではない。
玲華様は、私のウエストの余ったお肉……じゃなくて、マシュマロゾーンに顔を埋め、両腕で私の腰をがっちりとホールドしていた。
「あ、あのっ、会長!? これ、いわゆるセクハラでは!?」
「黙りなさい。これは公務よ」
「公務で女子生徒のお腹に顔を埋めるんですか!?」
「私のコンディション維持は、西園寺グループおよび本校の最重要課題。すなわち、君は今、世界経済の一端を支えているの。そのお腹で」
無茶苦茶な論理だ。
でも、反論しようとした私の言葉は、玲華様の様子を見て喉に詰まった。
「……んん……」
私の下腹部に、熱い吐息がかかる。
玲華様の身体から、力が抜けていくのがわかった。
普段は鋼鉄の鎧を着ているような彼女が、今はスライムのように私の体温に溶け出し、同化しようとしている。
私の太ももという低反発素材が、彼女の頭の形に合わせて変形し、優しく包み込む。
そのフィット感が、あまりにも完璧すぎた。
「すごい……なんだ、これ……」
玲華様の声が、お腹を通して直接響いてくる。
(うう、喋らないで)
「脳の血管が……拡張していくのがわかる……。アドレナリンが引いて……代わりに、甘い何かが……脳髄を満たしていく……」
「そ、それは私の脂肪ですぅ……」
「いいえ、これは劇薬よ」
玲華様は、私のわき腹を指先でぷにぷにと押し始めた。
指が沈む。抵抗なく、どこまでも。
まるで焼きたてのパン生地を確認するように、何度も、何度も。
「ふわり。君の存在は、法規制されるべきレベルのドラッグだわ」
「に、人間です! ただのドジな人間です!」
「却下する。……君は、今日から生徒会の備品よ」
備品!?
人権が剥奪された。
けれど、抗議しようにも、玲華様はもう聞いていなかった。
「……いい匂い。ミルクと……日向の匂い……」
玲華様はそう呟くと、私のトレーナー生地越しに深く息を吸い込んだ。
スーッ、ハァーッ。
スーッ、ハァーッ。
まるで酸素ボンベから生命維持に必要な空気を摂取するかのように、私の匂いを吸引している。
くすぐったい。恥ずかしい。
お腹に顔を埋められているせいで、彼女が呼吸するたびに、私の内臓まで温められるような奇妙な感覚に襲われる。
そして、私自身もおかしくなりそうだった。
人からこんなに必要とされたことなんて、生まれて初めてだ。
抱きしめられることで、私の身体からも「何か」が出ている。
ポカポカとした多幸感。
ああ、このまま、この人のクッションになってあげてもいいかもしれない。
そんな危険な思考が、マシュマロのように膨らんでいく。
――ピピピピ、ピピピピ。
無情な、あるいは救いの電子音が鳴り響いた。
30分が経過したのだ。
その瞬間、玲華様の身体がピクリと震えた。
「……ちっ」
今、舌打ちしました?
学園のアイドルが、生徒会長が、舌打ちしましたよね?
玲華様は、のろのろと起き上がった。
その動きは、冬の朝に布団から出る人のそれだった。未練がましい。重力に逆らいたくないという強い意志を感じる。
ようやく顔を上げた玲華様を見て、私は息を呑んだ。
とろん、と潤んだ瞳。
ほんのりピンク色に染まった頬。
髪は少し乱れ、口元はだらしなく緩んでいる。
さっきまでの「鉄の女」はどこへやら。そこには、極上のエステを受けた直後のような、骨抜きにされた一人の少女がいた。
「……ふぅ」
玲華様は、ぼんやりとした手つきで髪を直そうとするが、手が滑ってうまくいかない。
完全に副交感神経が優位になりすぎて、運動神経がシャットダウンしているようだ。
「……危険ね。30分でこれなら、一晩抱いて寝たら、私は二度と社会復帰できないかもしれない」
「そ、そんな怖い仮説を立てないでください……」
「でも、頭が驚くほどクリアだわ。……一週間の睡眠不足が、たった30分で解消された気分」
玲華様は、キラキラとした瞳で私を見つめた。
それは感謝の眼差しではない。
高性能なガジェットを見つけたギークの目だ。
「採用よ、ふわり」
「えっ」
「明日も来なさい。同じ時間に。これは業務命令よ」
玲華様は、私の手を取ると、その甲にチュッと音を立ててキスをした。
(ひゃぁああ)
まるで所有印を押すように。
「君の柔らかさは、私だけのものだ」
背筋にゾクゾクとした電流が走る。
これは契約だ。
逃げられない、甘くて重い契約。
私は顔を真っ赤にして、逃げるように生徒会室を飛び出した。
「し、失礼しましたぁぁぁ!」
バタン!
廊下に出て、肩で息をする。
心臓が早鐘を打っていた。
怖い。でも、嫌じゃなかった。あんなに気持ちよさそうな顔をされると、私まで嬉しくなって……。
その時だった。
「……見つけた」
廊下の陰、保健室の方角から、低い声がした。
振り返ると、そこには白衣を着た人物が立っていた。
瓶底眼鏡の奥で、怪しげな光がギラリと反射する。手には何やら複雑な計測機器が握られている。
「今の接触時間による表皮温度の変化……興味深いデータだ」
その人物は、私の二の腕をロックオンしていた。
一難去ってまた一難。
私のマシュマロボディを巡る受難は、まだ始まったばかりだったのだ。
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