光の中で

れなれな(水木レナ)

光の中で

 今朝、母の予定を聞こうと訪ねたら、家は静かだった。留守の気配に、昨日の会話を思い返す。何か言っていたような、でも確かじゃない。そんな曖昧さの中で、父と鉢合わせた。言葉は鋭く、ぎゃんぎゃんと飛び交ったけれど、午後になって母から電話があった。


「夕方五時から花火大会よ」


 その一言に、心が揺れた。打ち上げ花火の音は苦手だ。山下公園でのデートのとき、大砲のような音に胸が締めつけられた記憶がある。でも、母の希望に応えたくて、出かけることにした。


 会場では市長さんがユーモアたっぷりの挨拶をして、カウントダウンが始まった。空に向かって放たれた光の束は、90分間、夜空を焦がし続けた。ドキドキするほどの美しさだった。焼け焦げた灰が舞い降りる中、前にいた中学生がポニーテールをヘッドバンのように振っていたのが、なんだか可笑しくて、愛おしかった。


 三分の一だけ見て、水餃子を食べて、駐車場まで歩いた。途中、何度も立ち止まっては、まだ上がり続ける花火を見上げた。コンビニにもスーパーにも、人が集まり、街全体が光に染まっていた。


 母は、横浜にいた頃、一度も花火大会に連れて行ってくれなかった。でも今日は、熱心に誘ってくれた。その優しさが、胸にしみた。刈り取りの終わった田んぼから打ち上げられる花火は、豪快で、どこか懐かしい。


 ふと、思った。いつか、愛する人とこんな花火を見たい。死んだ祖母にも見せたかった。でも祖母は戦争を経験し、大きな音が苦手だった。見せなくてよかったのか、残念だったのか、答えは出ない。


 灰が降る夜空の下で、私は光と記憶のあいだに立っていた。母の優しさも、祖母の静けさも、全部が胸に響いていた。

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光の中で れなれな(水木レナ) @rena-rena

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