踏み込み
「どうですか。心は決まりましたか。」
「うわっ!びっくりした..というか来るのが早くない?まだ二週間だよ?」
休日に一人でいつもの公園を散歩している時に何もない所からミクは突然現れた。驚きすぎて間違いなく寿命が縮んだ。
「お休みの日に友達と遊びもせず一人でスマホ片手に散歩する高校生なんて珍しいですよ。まああなたなら不思議じゃありませんけど。」
僕は友達は確かにいないが一人でいるのが好きなんだ。こうして散歩して風景を撮っているとリラックスできるし何より僕が幸せなんだ。
「ほっといてくれよ。それより今日は何の用。まさか期限が早まったとか?」
「いえ。そういうわけではありません。ただ決まったかどうか確認に来ただけです。本人の口から聞かないといけませんので。」
こんなに早く確認しに来るということはよほど早く決めてほしいようだ。
「なんでそんなに急かすんだ…もう少し待ってよ。大事なことなんだから簡単には決められない。」
「わかりました。ただ早く決まれば私の名前を呼んでください。いつでも来ますので。」
「はいはいわかりましたよ..」
スマホで写真を撮りながらミクと淡々と会話を続ける。要は早く決めろと催促してきたわけだ。同じことばかりでこっとはもううんざりだ。
「おや、あの人は..」
会話途中ミクは僕たちの少し先を歩いている女性を見つける。
「あの人は..あなたが気になっているという高梨由羅さんですね。」
由羅先輩は僕の学校で生徒会長をしており容姿端麗、文武両道、まさに完璧超人という漫画に出てきそうな人だ。僕以外にも気になっている人なんて山のようにいるだろう。
「声をかけないんですか?」
「かけられるわけないよ。前に一度話しただけだし。向こうは覚えてもないだろうし。」
今の高校に入学して一ヶ月ほど経った時に先輩たちから新入生への学校説明会が会った。そこで僕は初めて由羅先輩を目にした。
由羅先輩は太陽のように眩しい人だった。説明会でもその見た目の美しさや凜とした佇まい、わかりやすい説明など他の誰よりも目立っており説明会が終わると新入生からすぐ声をかけられ皆の憧れの的になっていた。
そんな先輩と僕が話をしたのはそこからさらに一ヶ月後のことだ。
入学後周りが次々とグループを作っている中僕は人に声をかけることもできず同じ中学から来た人も友達と呼べるほど話もしたことがなかった。孤立してしまった僕は休み時間教室にいるには居心地が悪かったのでいつもほとんど人がいない図書室へ行くのが恒例になっていた。
受付の図書委員以外誰もいない僕の唯一の安らぎの空間である図書室。棚から本を取り隅の方の机でいつものように読書をしていた。
「君。もうすぐ休み時間終わっちゃうよ?」
後ろから突然声をかけられる。その声は僕も聞いたことのあるとても優しい声。振り返るとそこには由羅先輩がいた。
「あ、あ、せ、先輩..?えっと、す、すみません..」
「あ、新入生?学校には慣れた?」
「は..?い、いえ、まだ慣れない..です。」
「そっか。まあ仕方ないよね。まだ二ヶ月くらいだもんね。いや、三ヶ月かな?」
入学後先生以外と話すのはほぼ初めてだった僕、しかもその相手がみんなが憧れ噂しているあの由羅先輩。僕はいまだ信じられなかった。
「あ、君が持ってる本私も好きだよ。それ面白いよね。」
「え..?由羅先輩も好きなんですか?」
「あ..うん。好きなんだ。昔読んだことあるよ。」
先輩がこんな僕と同じ本を好きなんて。ただの偶然だろうけどそれでも僕にはこれ以上ないくらい嬉しかった。
それから少し先輩と話をしていた。普段一人であまり喋らない僕が一生分の言葉を発した気がした。そうこう話しているうちに休み時間の終了を知らせるチャイムがなった。
「あ、チャイムなった。教室戻らないと。それじゃ。」
「は、はい。ありがとうございました。」
その時僕が見た会話が終わった直後の先輩の笑顔を僕は一生忘れないだろう。太陽のような笑顔を。
「単純ですね。たったそれだけで好きになったんですか?」
「..ミクにとっては“そんなこと“でも僕にとってはかけがえのない出来事だったんだ。人が惚れる理由なんて案外単純な物だと思うよ。」
そうだ。周りから見れば些細なことかもしれない。でも僕にとっては人生で一番の幸福な時間だったことは確かだ。
「そんなに好きならさっさと願えばいいじゃないですか。」
「…」
ミクの言う通りかもしれない。ここでミクに頼めば由羅先輩は僕のものになるのだろう。ただこの方法は卑怯じゃないか?こんな不思議な力で叶えるなんて。と思う自分がいることも確かだ。しかしこんな奇跡みたいな力に頼らないと先輩と一つになるのは一生あり得ないだろう。僕はそういう人間だから。
「決心がつかないなら思い切って今ここで高梨由羅に声をかけてみればどうですか?」
何を言ってるんだ。ついさっき声なんてかけられないと言ったばかりなのに。
だが僕は少しの勇気を出せずにいたから今もクラスで孤立してしまっている。逃げるだけの人生だった。だがもしここで僕から先輩に声をかけることができれば僕も変われるかもしれない。先輩との関係も変わるかもしれない。
僕は勇気を振り絞り今先輩に声をかけてみることにした。
「あ、高梨由羅が走り出しましたよ。声をかけるんなら早くしたほうがいいですよ。」
先輩の後ろ姿は小さくなっていた。僕は思い切って大きな声で呼びかけてみた。
「..由羅先輩!!」
先輩は僕の声に驚いたようで少しビクッとし軽く振り返った。すでに先輩は遠くにいたので表情はわからなかった。
「..振り返ってくれた、ね。」
「振り返っただけですけどね。嬉しいんですか?」
「うん。嬉しいよ。てっきり振り返りもせずそのまま走り去ると思ってたから。」
普段クラスに話す人もいない自分にとっては十分嬉しかった。
「まああなたがそれでいいなら私は構いませんが。それで、決心はつきましたか?」
人に話しかけたこともない僕が先輩に話しかけることができた。それだけで大きな進歩だと思う。もしかするといつか友達のように話せる日が来るかもしれない。
「うん。だいぶ気持ちは固まったよ。..最後の日にもう一度来て欲しいんだ。」
「..やはり時を重ねる度あなたの気持ちは強くなっているようですね。」
「..?どう言う意味?」
ミクはため息をしつつどこか笑顔のように感じた。
「結局最終日ですか。まあわかりました。ちゃんと決めておいてくださいね。」
そう言い残すとミクは僕の前から姿を消した。由羅先輩の姿も消えていた。
スマホを開き今日撮った写真を見ていた。そこには僕が安心できる景色が写っている。
..ベンチに座る先輩。
..アイスを食べている先輩。
..足早に公園を去っていく先輩。
だが先輩と仲良くなれればこんなこともする必要は無くなるだろう。
「..僕は僕なりに頑張ってみよう。」
心に一つの決心をして僕は帰路についた。
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