死神の願い事

夜野蒼

偶然

 「呂亜さん。どうするか決めましたか?」


 その少女は放課後の日課である帰宅途中にある公園のベンチを見ている自分に語りかけてくる。


 「…なかなか決められないもんだな。」


 


 私は死神です。あなたの願いを叶えましょう。




 ミクは一ヶ月ほど前に僕の前に現れそう言い放った。


 ミクの見た目は普通の少女と何も変わらない。年齢はおそらく十歳くらいだろう。服装も可愛らしい女の子という感じだ。そんな子が急に死神だとか、願いを叶えるだとか、信じられるわけがない。


 しかし僕は信じるしかなかった。


 なぜかミクは初対面のはずの僕の結城呂亜という名前を知っていた。名前以外にも僕の性格や好み、学校での様子など事細かく知っていた。


 何よりミクの姿は僕以外に見えていなかった。ミクは家にも着いてきていたが家族は全くの無反応だった。これらのこともあり死神というのは本当なのだろうと、そう思うことにした。


 「それで死神というのは信じるけど、いや、本当はいまだに信じられないけどさ。そこはいいよ。」


 「信じようが信じまいがかまいません。私はあなたの願いを叶えるだけです。」


 「その願いを叶えるってどういうこと?死神ってその人の死期とか教えるようなイメージあるんだけど..僕は死ぬの?」


 「あなたが死ぬか生きるかはどうでもいいです。私はあなたの願いを叶えるだけですので。」


家に帰りしばらく話してみたがミクは願いのことばかりだ。なぜそこまで願いを叶えさせようとするのか。


 「それじゃあ、今すぐ億万長者にして、なんて言ったらお金が急に空から降ってきたりでもするの?」


 「その願いは不可能です。」


 なんだ..無理なのか。お金持ちになれれば高校もすぐ退学してやったのに..いや、信じてなかったけど。


 「じゃあなんだったら叶えられるの?」


 「あなたが今心の底で一番に思っている願いです。」


 「一番に思っていること?」


 「はい。自分のことなのでわかるはずです。」


 思い当たることがないわけじゃないが一番はおそらく..


 「あなたがいつも目で追っている彼女のことです。」


 ..やっぱりそうだったかと自分でも思ってしまった。


 一個上の高校二年生の高梨由羅。僕が密かに憧れている先輩だ。


 「先輩のことか..というかなんで君はそういうことまで知ってるんだよ!」


 「私はあなたの知識も記憶も全て把握していますので。例えばあなたのベッドの下には..」


 「待って..!それ以上は言わないで。信じるから..」


 この子はどうやら想像以上に厄介な子のようだ。知られてはいけないことを知られてしまっている。


 「あ、あと一つ聞きたいんだけど」


 「なんでしょう。」


 「なんでそんなに僕に願いを叶えさせたいの?」


 「それはお話しできません。ただ..」


 それまでロボットと話しているような感覚だったがここで初めてミクの表情に変化が見えた。


 「願いが叶うと人は幸せになれるでしょう。幸せな人は..一人でも多い方がいいと思いますので。」


 その言葉を聞いて僕は驚いた。無表情で淡々と話していたミクに初めて人間のような感覚を覚えた。まあ人間ではないが。


 「君もそんな顔をするんだな。」


 「..忘れてください。照れますので。」


 なんだ、可愛いところもあるんだな。


 「わかったよ。理由はわからないけど叶えるのが君のためにもなるんなら会う腰考えてみるよ。少し時間を頂戴。」


 そういうと彼女は今までで一番の笑顔を見せていた。


 「わかりました。ありがとうございます。ただし一ヶ月以内にお願いします。それ以降になると願いは叶えられなくなりますので。」


 「期限付きか..まあ一ヶ月もあれば色々考えられると思うし大丈夫かな。」


 「では一ヶ月後にまた来ます。私はいつでもあなたを見てますので。あ、最後に一つ..」


 「何?」


 「一番の願いというのは案外簡単に変わる物です。自分の思いもよらぬ出来事が影響し真逆の願いを思うこともあります。なので..」





 この一ヶ月間、後悔のないようにお過ごしください。





 最後のミクの言葉は今までと違いどこか恐怖を感じ背筋が凍るような感覚がした。その言葉の冷たさが半信半疑だった死神という存在を無理やり認めさせているような気がした。


 「それでは、また。」


 彼女はそう言い残し僕の部屋から消えた。

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