第9話 静かな包囲の朝に

 三日前の夜、首都アルブスは雲で覆われ、街路の灯が低く揺れていた。

 貴族議会の旧軍事棟――議事堂の裏手に残され、今では使われていない建物。

 廊下には灯がなく、足音だけがゆっくりと響いていた。


 古い扉が閉じられ、その内側に五つの影が集まっていた。

 黒系派閥の幹部たち。

 連邦の権力を握る者たちだった。


 一人が書類を机に置き、錆びた窓の外を確認してから言った。


「議題は一つだけです。ライナルト・アストレア元議長の処分について」


 乾いた空気の中、椅子の軋む音が異様に大きく響く。


「白系の中心人物をこのまま放置するのは危険です。改革派の象徴であり、議会の均衡を崩しています」


「財務に“不明金”があるとの報告も届いている。取引先も怪しい」


「それと……問題の文書を」


 封筒から数枚の紙が取り出される。

 表情は崩れず、声だけが低く落ちた。


「アストレア家が“DOLLを匿っている”という告発書です」


 室内に短い沈黙が流れた。


「戦犯兵器の隠匿。これだけで国家反逆罪の構成要件を満たす」


「民衆の反応も計算できる。“白系の象徴”が戦犯を庇っていたとなれば、黒系への支持が跳ね上がる」


「問題は処分の強度だ。中途半端では白系の巻き返しを許す」


 最年長の男が前へ身を乗り出した。


「提案だ……アストレア家一族全員を拘束し、翌日の正午に“公開処刑”とする」


「断頭台か」


「それが最も民衆に伝わる。“反逆者は裁かれる”という明確な形だ」


 反対はなかった。

 沈黙が賛成を示す。


 最年長の男は短く言った。


「――決議とする。連邦正規軍に命令を。夜明け前にアストレア家を包囲し、家族全員を逮捕せよ」


 書類が重なり、乾いた音が合図のように響いた。


 幹部たちが室を出ると、大柄な男が待っていた。

 アルブレア連邦軍の将校、ティム・ローヴァン。

 政治任務を専門に担う“影の実動部隊”の指揮官。


「命令を受けた。対象はアストレア家一族。夜明け前に全員を拘束する」


 部下が一歩前に出る。


「抵抗の可能性は?」


 ティムは事務的に答えた。


「問題ない。元議長は軍には逆らわん。娘たちも同じだ」


 そして、わずかに目が細められた。


「ただし――メイドに注意しろ」


「メイド、ですか?」


「告発書の“DOLLを匿っている”という記述。真偽は不明だが、大戦時の個体が混じっている可能性がある。警戒を怠るな」


「了解しました」


「目的は反逆者の拘束だ。殺す必要はない。だが、障害があれば排除して構わん」


 冷たい言葉だけが旧軍事棟に残った。


 


 午前四時。アルブス駐屯地。


 装甲車が音を抑えて整列し、兵士たちが銃の点検を進めていた。

 ティムは地図を広げ、淡々と指示を出す。


「包囲は三方向同時。正門は第三小隊。裏門に第一。庭側に第二を潜入させる」


 薄暗い空の下、兵の影が揺れる。


「対象家族は四名。全員、生け捕りだ」


「了解!」


「突入は五時三十二分。日の出前のもっとも視界が利かない時間帯を狙う」


 誰も質問しなかった。

 任務の意味を理解していた。


 ティムは最後に言った。


「繰り返す。国家命令だ。何が起こっても、予定どおり遂行する」


 兵士たちが各々の持ち場へ散った。


 

 午前五時二十五分。

 アストレア家、外周。


 装甲車のエンジンが止まり、兵士たちが姿勢を低くして外壁へ近づく。

 夜気が冷え、土と鉄の匂いが強まっていく。


「……灯は落ちている。就寝中だな」


 副官が問う。


「抵抗は?」


「ない。――メイドを除けば」


 ティムの視線は屋敷の二階、角部屋に向けられていた。

 そこに、誰かが立っているような気配がした。


「開始まで三分」


「合図を待て」


 白い息が夜気に消えた。



 午前五時三十二分。

 屋敷を包む空気が震えた。


 外壁に複数の足音が重なり、庭の影が不自然に揺れる。

 カレンは窓辺に立ち、短く呟いた。


「……侵入、確認」


 その声は、まるで軍務の残滓ざんし


 後方で、クラリスが浅い呼吸のまま目を開けた。

 眠りは浅く、外の気配に気づいたようだった。


 カレンが扉へ向かった瞬間、クラリスの声が追う。


「カレン……待ちなさい」


 ふたりの視線が交差する。


「外に軍がいます。制圧に向かいます」


「だめですわ」


 クラリスは迷いのない足取りでカレンの腕を掴んだ。


「あなた一人で向かって何をなさるの。家族のもとに行きますわ」


「危険です。正面から排除するには――」


「排除という言葉、今は聞きたくありません」


 毅然とした声。

 震えてはいなかった。


 カレンはわずかに視線を落とし、言った。


「……了解しました。わたしから離れないでください」


 ふたりは部屋を出た。


 屋敷の奥から、普段と違う足音が混じった。



(つづく)

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