第19話:僕にできないこと。天宮さんならできること
「ごめん、ちょっと教室でトラブルらしー」
彼女のスマホの通話口を少し押さえながら天宮さんが言った。
「僕もちょっとしたケガだけだし、保健室にはひとりで行けるから大丈夫ですよ」
そう言って、天宮さんの介助を辞退した。
「ホント? 大丈夫?」
僕の身体の心配をしてくれる天宮さん。彼女のメイド服もあって色んな人から見られているので僕はその視線に耐えられず右手を少し上げて「大丈夫」と示した。
「ごめん、また後で!」
そういってメイド服が走って行ってしまった。
僕たちの高校は地元では偏差値が高めだし、制服がかわいいと人気の学校だ。1年で1日だけ文化祭の日だけ外部の人が学校に入れるとあってかなりの人数がいた。
自校の制服、他校の制服、その他、私服も沢山。年齢層も、子どもからお年寄りまで幅が広い。お年寄りはここの卒業生ってのもあるのかも。歴史もかなり長いみたいだし。
保健室に着くとちゃんと学校医がいて診てくれた。やけに姿勢がいい先生だった。立っているだけでなんとなく様になる感じ。
「なに? ケンカ? そんな風に見えないのにね」
「すいません」
先生はすぐに僕を椅子に座らせて診てくれた。
「あれ? お腹……アザになってるシップ貼っとこうか」
「はい」
お腹に一発と頬に一発ずつもらったんだった。あれ? お腹を殴られた話したっけ?
「御厨くん、ベッド空いてるし少し休んで行ったら?」
「ありがとうございます」
足も痛かったし、僕はベッドに横になった。
あれ? 僕は保険医の先生に名乗ったっけ? 生徒の顔と名前を全員知っている……なんてことはないよな。
(んー、んー、んー)スマホが鳴った。画面を見ると「天宮さん」だった。
耳に嵌めたままだったワイヤレスイヤホンをタッチして着信に出た。
『ミック! 大変!』
天宮さんが慌てていた。
「どうしたんですか?」
僕は努めて冷静に応えた。
『どういう訳か、パン生地が100キロ届いて!』
「はあ!? 100キロ!?」
あり得ない量に眩暈がした。
「ちょ、どういうことですか!?」
『さっき、パンがなくなったから追加で発注してもらったやん?』
「はい」
あれ? 電話したとこまで覚えてるけど、あとどうなったっけ……?
『それがどういう訳か追加発注分が100キロあったみたいで……。事情が分からない人が受け取ったから、お店の人からも話が聞けてなくて……』
あ……。記憶が蘇ってきた。たしか、さっきのDQNが流入してきて、注文の途中で坂本に頼んだんだった。でも、たしかに2キロって……。
「分かりました。教室に戻ります」
『お願い!』
2キロがどう間違えたら100キロになるんだ。
「すいません。ありがとうございました。教室に戻ります!」
「もういいの? 忙しいわね」
保険医の先生に簡単に挨拶をして、教室にできるだけ早く戻った。やっぱり足は痛いので走ることはできなかったけど……。
教室に戻ると机で作ったパーティションの裏でクラスメイト達がもめていた。
「坂本! どうすんのこれ!? 100キロってどれくらいのサンドイッチになると思ってんの!」
調理担当の女子が坂本を責めていた。あれはたしか……毒舌の結城さん。魔女が普通の制服の男子、坂本を責めている中々シュールな光景だった。
「御厨が100人分って言ったから100キロ注文しただけだろ!」
坂本は激しく反論している。
一斤で250グラムとして、100キロだと400斤。1斤16枚で計算してたから、6400枚! どこのパン工場だよ!
「ちょっと、さかもっちー! 落ち着いて!」
天宮さんも なだめるけど、二人の怒りは収まらない。
「ミック……」
困り果てた顔で天宮さんが僕のほうを見た。
「ちょっと待ってください」と言って、僕はフレミング右手の法則の指を額に当てた。どこの湯川教授が分からないし、今まで考えるポーズとか一度も決めたことがなかったけど、急に思いついたんだからしょうがない。
次々僕の頭の中で単語が浮かんだ。
—
ブリオッシュ生地
ドーナツショップ
噂されるほどかわいい天宮さん
興味がない人の名前や顔をを覚えられない僕
失なった天宮さんのシャーペン
家まで送ってと頼む天宮さん
クラスメイトに好かれすぎてる天宮さん
ちょくちょく振り返る天宮さん
どこに行ったか分からない天宮さんのエプロン
見知らぬDQN
保健室に行くのを阻む佐藤さん
ほとんど残っていないハンバーグとたまご焼きの材料
100キロの生地
—
僕の頭の中には考えているときのBGMとしてギターソロとか全然流れてこない。ただ、考え事に集中することで日常の中に溶け込んで、それ自体 気にすることもなかったことが一つ一つ浮かび上がっていくみたいだった。
「分かった! 特に決め台詞はないけど、全部分かった!」
これまでもやもやしていたすべてが僕の頭の中で1本の糸につながった。
なんだ、僕の物語はミステリだったのか。
「日向!」
「え? なに?」
急に呼ばれてきょろきょろする日向。
「……いや、なんでもない」
色々分かった。解決策もおぼろげながら思いついた。
……でも、それを実現するには足りないものがある。僕がずっと避けてきたもの。
それは……人とのつながり。
手配ミスは僕にも責任があった。事情が分からない人に任せてしまったのだから。僕がなんとか責任を取らないと!
「ミック……」
天宮さんが心配して話しかけてきてくれた。
そうか! 天宮さん! 天宮さんがいれば実現できるかもしれない!
僕はポンポンと耳のワイヤレスイヤホンを示した。
コクリと天宮さんは頷いた。僕はそれを見て商店街に走った。
***
『ミック、どういうこと!? なんしたらいいと!?』
走りながら天宮さんの声が聞こえる。
「パン生地は生き物。あんなに大量に注文してしまったら返却できません。もし返しあらお店に大迷惑になります」
『そうやろうけど……』
不安は声からも伝わってくる。
「これから僕が言うことを実行したら100キロの生地を無駄にせず、学園祭を成功させることができるかもしれません」
『そんな方法があるならやってみたい!』
一切迷いのない返事だった。
「僕が考えて、天宮さんが実行する。それでもいいですか?」
『もちろん、料理もそうやったやん!』
念のため、一応 聞いただけだ。僕は走りながら続けた。
「分かりました。じゃあ、1番目。日向に言ってあの商店街の厨房屋に連絡して業務用フライヤーを1台 急遽レンタルしてもらってください」
『フライヤー? なんそれ! そう言えば分かる? わ、分かった!』
手配は日向に頼んだ。
「次に、調理班に頼んでブリオッシュ生地を10センチ角に切ってもらってください! 全部です」
『りょ!』
ブリオッシュ生地は厚めのシート状にして冷凍してあったので10センチ角に切れば、僕の計算では1個65グラムになる。
天宮さんが敬礼で答えた。電話だけど、その姿が見えるみたいだった。
「他の接客の人達はしばらくの間コーヒーだけで なんとか繋いでおいてもらってください」
『分かった』
次はこれだ。
「最後にコンピ研の人に、あとでスマホでサンプル画像を送るのでその画像とポスターを何とか作ってもらってください」
『画像とポスターね。りょ! ミックは!?』
くそっ! 走りながらだと さすがにスマホの操作は難しい。あとで待ち時間ができ次第、画像を送るか。
「僕は足りないものを商店街で買ってきます。初めて買うものばかりなので、行ってみないと分からないので」
『分かった気を付けて!』
一旦、電話を切ってとにかく僕は商店街に走った。あとで思い出したけれど、足をひねって痛かったことなんて このときは気になっていなかったのだった。
■お知らせ
昨日はすごく協力いただいて、カクヨムコン、ジャンル100位を獲得できたので、感謝の意味で本日もう一話公開いたします!
推敲が足りてないかもしれないので、後で少し変わるところがあるかもしれません。
よろしくお願いします。
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