第17話 新ヒーロー

 五十八:新しい日常

 ​ダーク・システムの崩壊から数ヶ月。五霞、古河、南栗橋の地域は、異常な事件の記憶を徐々に薄れさせ、平穏を取り戻しつつあった。大西 誠は、本郷 猛の計らいで静養所に保護され、心身の治療を受けていた。彼の体は、変異の痕跡をほとんど残さず、普通の人間として生きる道を選んだ。

​ 本郷 猛は、ダーク・システムの残党を追うため、再び**「裏の探偵」**として活動を再開していた。彼の協力者の報告により、この地域の「負のエネルギー」は消滅したかに見えた。


 ​五十九:結城の図書館員

​ 結城市内の市立図書館。ここで働く**桑田 くわたひろし**は、30代の控えめで真面目な青年だった。彼は古河出身で、五霞で起きた怪事件のニュースを見て、故郷の異変に心を痛めていた一人だ。

​ 桑田の悩みは、彼の体の特異な性質にあった。彼は極度のストレスや緊張を感じると、すぐに鼻血を出してしまう体質だった。

​ その日、図書館の静かな閲覧室に、異様な緊張感が走った。

​ 一人の利用客が、返却期限を過ぎた本を返す際、突然暴れ始めたのだ。彼は、まるで何かに操られているかのように、無意味な怒りを露わにし、大声で罵倒し、本を床に叩きつけ始めた。

​「俺の苦痛を、誰も理解しない!この本も、この街も、全部破壊してやる!」

​ これは、ダーク・システムが崩壊した後も、微細な**「負の感情の残滓」**が、人々の心に影響を与え続けている証拠だった。

 六十:鼻血のヒーロー

​ 桑田 洋は、パニックに陥った利用客を止めようと、震える体で前に出た。

​「や、止めてください!本は、大切に……」

​ 怒鳴る利用客の顔が近づく。桑田は極度の恐怖を感じ、額の奥、鼻の粘膜に、特有の熱を感じた。

​ タラリ。

​ 彼の鼻から、鮮やかな赤い血が一筋、流れ出した。

​ その瞬間、異変が起きた。

​ 鼻血が流れ出した途端、桑田の全身が、黄金色と赤色に輝く光の粒子に包まれたのだ。

​ そして、その光が収束した時、そこには、筋肉質の体に、赤いマフラーを巻き、鼻の周りから血が流れ出ているという、非常に奇妙なヒーローが立っていた。

​ 彼の名は、ノーズ・ブレイカー(Nose Breaker)、あるいはハナヂ・マン。

​「な、なんだ、俺は……?」

 ヒーローに変身した桑田自身が、最も戸惑っていた。

 ​彼のヒーロースーツは、鼻血の赤を基調とし、血が流れるたびに、スーツのエネルギーが増幅される仕組みになっていた。これは、かつて大西誠が**「苦痛」をエネルギーに変換したのとは対照的に、桑田の体は「流血」を「正義の力」**に変換するシステムを持っていたのだ。

 六十一:本郷猛の再会

​ ノーズ・ブレイカーは、変身した勢いそのままに、怒り狂う利用客を**「優しく」取り押さえにかかった。彼の戦闘スタイルは、無駄な破壊を嫌い、相手の「負の感情」を鎮静化**させることを目的としていた。

​「落ち着いて!あなたの苦痛は、私が受け止めます!」

​ 鼻血を流しながら訴えるヒーローの姿は、あまりにもシュールだったが、その流血から発せられる清浄なエネルギーは、利用客の「負の感情の残滓」を中和した。

​ 利用客は、力が抜けたようにへたり込み、正気に戻った。

​ その騒ぎを、結城市外で追跡調査をしていた本郷 猛が、通信機で感知した。彼の解析装置は、ゴカキックやワームマンとは全く異なる、**「ポジティブな変異波長」**を捉えていた。

​「この波動は……新しい**『光の調停者』か?いや、違う。これは……『流血』をトリガーにした、人間由来の変異体**だ!」

​ 本郷は、鼻をかむ仕草をするヒーローの姿を遠目に確認し、思わず頭を抱えた。

​「よりによって、**『鼻血』**だと?この地域の変異の法則は、まだ解明されていないのか……!」

 ​本郷は、ナナハンのエンジンを唸らせ、**「ハナヂ・マン」**という新たな課題を前に、再び調査へと乗り出した。

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