第14話 どうしてお姫様?
「はぁ……結局全然お肉食べられなかったなぁ……」
昨晩のバーベキュー大会を思い出して、ついため息が零れる。
何せ保存用の下処理をあらかた終えたころにはもうあんまりお肉が残ってなかった。せっかく楽しみにしてたんだけどなぁ。フォレストボア半頭分しか残ってないだなんて少なすぎるよね?
まぁ、その分領民の皆さんが美味しく食べられたのなら良しとしますか。私ならいつでも狩りにいけるし、今度はもう分量も理解したから間違えずに済むもんね。
さてと、そんなことより。今日はこの集落の将来を左右するかもしれない重大なことを確認するために、トマスさんのお宅にお邪魔してます。……とはいえ用があるのは、このドアの向こうにいるはずの孫娘さんなんだけど。
コンコン、とノックをすると、私に対してみたいな緊張した感じじゃない声が返ってきた。普段のミラちゃんってこんな感じなんだ。いつかは私相手にもこんな声で返してくれたら嬉しいな。
「おはようございます。ミラちゃん、少しお時間いいですか?」
そうやって声を掛けながらドアを開けると、何かの作業をしていたらしいミラちゃんが目を丸くして固まってた。ちなみに私にとっては朝いちばんの訪問なんだけど、農業を生業にしている領民の皆さんからするとだいぶ遅い時間帯だからミラちゃんは普通に普段着だ。
「うぇっ!? ななななななんでお姫様が私の部屋なんかに!? ごごごごごめんなさい散らかってて大変お見苦しいのでぇっ」
私が来たことによほど驚いたのか、わたわたと部屋の片づけをし始めるミラちゃん。別に全然散らかってないし、気にすることないと思うんだけどなぁ。
ミラちゃんのことについてだからそのままお部屋でお話しするでも良かったんだけど、放っておくと半日くらいかけてお掃除しそうな勢いだったからトマスさんに頼んでリビングをお借りすることに。ミラちゃんを落ち着かせてから椅子に座ると、対面に座ったミラちゃんは何だかガチガチに固まってた。
「うぅ……うちにお姫様がいるなんて……き、緊張するぅ……」
独り言のつもりだったんだろうけど、何せテーブルを挟んだだけの距離なんだからバッチリ聞こえちゃう。これは言葉以上に緊張してるねミラちゃん。
……それはそうと、前々から気になってたことが一つ。
「あの、どうして私のこと『お姫様』って呼ぶんです?」
「はぇ?」
ミラちゃんは不思議そうに首を傾げてる。
「だ、だって、王女様ですよね? 王女様ってことは、お姫様ってことですよね?」
うんまぁ、そうなんだけど。
言葉の定義だけで言えば、『王女』が国王の娘で『姫』は国王に限らず高貴な身分の家に生まれた女性を指す。だから『王女』も『姫』の範疇にあるのは間違いない。
ただ、わざわざ私のことを『姫』だとか『お姫様』だなんて呼ぶ人はいなかった。王女だとわかってればそりゃ、王女って呼ぶよねっていう話だし。
そもそも領民の皆さんからすれば、私は王女なんて言う遠い存在じゃなくて領主なわけで。わざわざお姫様だなんて呼び方をするのには何か理由があるんじゃないかなって思ってたんだ。
そんなことを尋ねてみると、ミラちゃんはもじもじしながら部屋へと戻り、そして一冊の絵本を持ってきた。
「その……この本のお姫様に、お姫様が……じゃなかった、領主さまがそっくりだったんです」
本の表紙には、なるほど確かに私と同じ淡い金髪のセミロングで、青い瞳をした女性が描かれている。
「小さいころ、よくお母さんに読んでもらってたんです。このお姫様がすっごく綺麗で、可愛くて、かっこよくて。多分、そのころからあこがれてたんだと思います」
下ろされた前髪に遮られて、ミラちゃんの瞳は見えない。それでも声色から懐かしさと、寂しさがうかがえた。
……ミラちゃんのご両親は既に亡くなっていて、今はトマスさんと二人暮らしだと聞いている。きっと数少ない、お母様との思い出なんだね。
「それで、その……初めてお屋敷でお掃除されてる領主さまを見た時、絵本から飛び出してきたんじゃないかって思ってびっくりして。笑顔で手を振ってくださって、ドキドキしちゃって。本物のお姫様って、こういうことなんだって。その時からずっと、私の中では『お姫様』が一番しっくりくるんです」
――あぁ、あの時か。
そういえば、ここに来た初日のお掃除の時にローザの策略で埃をかぶったあと、やけに熱心な目に見つめられてたっけ。確かに水色の髪だったし、あれがミラちゃんだったんだね。
なるほど、憧れを重ねてくれて、それで私のためにってあれやこれややってくれてたわけか。……それはそれで、嬉しいんだけど。
――本物のお姫様、か。
その一言が妙に引っかかる。まるで偽物がどこかにいた、あるいはいるかのような言い草。いったいどういう意味なんだろう。
「――そ、それよりっ。何か私にご用があったんじゃないんですか?」
私がその小さな違和感に考えを巡らせていると、ミラちゃんの方から要件を促してきた。……そうだね。ミラちゃんも忙しいことだろうし、考えるのは後にしよう。
「……そうでした。ミラちゃん、ちょっと手を出してもらえますか?」
「へ? えっと、こ、こうですか……?」
ミラちゃんはおずおずと右手を差し出してくれる。白く滑らかな肌は、だけど所々に小さな傷や水仕事の跡が見て取れる。私よりも年下なのに、頑張り屋さんなんだね。
その手を私は、両手でそっと包み込んだ。
「ふぇっ!? いいいいいいきなりどうしたんですかお姫様っ!? わわわわ私の手なんか握っても何にもっ」
「じっとしててください、すぐ済みますから」
ミラちゃんが慌てて手をひっこめようとするのを制して、私は自分の魔力を少しだけミラちゃんへと流し込む。
属性は『火』。もちろん魔法として発動していないから、それ自体で燃えたり熱くなったりすることはない。でも私の勘が正しければ、何かしらの手ごたえが返ってくるはず。
……そして、ミラちゃんの中から強い反発が返ってきたのを感じて、昨日の予感を確信に変えた。
「……ミラちゃん」
私は確かな期待を込めた瞳でミラちゃんを見つめて、口を開く。
「あなた、水魔法が使えますね。それも、下級のものなら無意識に」
「……はぇ?」
調子が狂ったような可愛らしい声とともに、ミラちゃんの首がこてんと横に傾いた。
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