第8話 お願い、目覚めて……!

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 前書き


 諸事情ありまして、今日から書き溜め分が尽きるまでは月~金の平日投稿になります。


 引き続きお楽しみくださいませ!


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 一通りの視察を終えて集落中央の広場に戻ると、ちょうど農作業を終えた領民の皆さんが畑から引き揚げてきたところだった。


「皆さん、お疲れ様ですっ」


 笑顔で挨拶してみたけれど、返事は返ってこなかった。誰もが微妙な表情を浮かべて、そそくさと各々の家へと入っていってしまう。


 ――え、まだ到着して丸一日経ってないのに嫌われ過ぎてない……?


 と、少なからずショックを受けていると。


「すまんな領主さま。ここの奴らは貴族ってやつに良い印象がねぇのさ」


 トマスさんがやれやれって感じで私に声を掛けてくる。


「お疲れ様です、トマスさん。その、良い印象がない、というのは……」


「領主を名乗ってここに来る輩なんてのは、大抵俺たちの生活になんか興味ないのさ。その癖口ばっかり一丁前であれしろこれしろと煩いことこの上ない。そんな奴ばかりくりゃあ警戒もするだろう」


「アリシア様がそのような輩と同じだとでも……?」


「ちょっとローザっ」


 珍しく不愉快さを隠しもしない声色とともにトマスさんを睥睨するローザをたしなめるけど、やっぱり年の功というのかトマスさんは気にした感じもなく肩をすくめた。


「生憎と、俺たちはまだ領主さまのことをほとんど知らん。若い嬢ちゃんってことに面食らったモンはいるだろうが、それだけで領主さまに仕えてるアンタと同じだけの信用を領主さまに置くことはできんよ」


 ……うん、ローザには申し訳ないけどこれはトマスさんの言い分の方が正しい。いくら私が「一緒に発展させたい」って言ったところで、積み重ねられた不信感が拭えるはずないんだから。


「……失礼いたしました」


 ローザも落ち着いてくれたみたいで、深々と頭を下げてくれた。これはちょっと、後でフォローしておこう。私のために怒ってくれたこと自体は嬉しいし。


「謝罪なんていらんよ。アイツらの態度が悪いのは紛れもない事実だからな。……まぁ、今日みたいに本気で取り組むさまを見せてりゃそのうちアイツらも気づくだろう」


「え、見てたんですか?」


「当たり前だろう。これでもここの長だ、この集落を守る義務がある」


 つまり、部外者が余計なことをしないか見張ってたってことか。仕方ないことだけど、やっぱり警戒されてるんだね。……というかそこまで警戒されるって、今までの領主は何してきたんだろう。その不誠実さが腹立たしい。


「それで、わざわざ北の森まで見に行って、この『死んだ土地』を蘇らせる方法でも見つかったかい?」


「死んだ土地……ですか」


 縁起でもない言葉に、つい眉根が寄ってしまう。


 確かに今の領地の有様は酷いものだ。痩せた土地、枯れた水源、霧に閉ざされた世界……作物も育たず、ただ生きていくのにも苦労するこの場所を『死んでいる』と称するのは、間違っていないのかもしれない。


 でも違う。少なくともこの地は死んでいない。ただ魔力切れを起こして眠っているだけだ。魔力が巡りさえすれば、きっと目覚めて――。


 ――目覚める……?


 そうだ。この地は眠っているだけ。だったら起こせばいい。この上なくすっきり目覚められる、私のギフトで……!


「――トマスさん、畑を少しだけお借り出来ますか!?」


「うおっ? どうしたんだ急に、というかいくら領主様とはいえ来て一日経たない相手に貸す畑なんて――」


「お願いします、もしかしたら、ここを発展させる第一歩になるかもしれないんです!」


 警戒されていることなんて完全に頭からすっぽ抜けていて、私は今にもつかみかからんばかりの勢いでトマスさんに詰め寄った。今までの人生で、こんなに必死に何かを頼んだことはないかもしれない。


「ほんの少し、芽が出なかったところとかそういうところだけでいいんです! どうか、どうかお願いしますっ!」


「……わかった、そこまで言うなら麦畑の一角を貸してやる。ただし、何かあったら領主様自身で耕してもらうからな」


「ありがとうございますっ! ローザ、行きますよ!」


「承知しました」


「おい、どこを貸すとも伝えてねぇだろ。早まるんじゃねぇ」


 そうして駆けだした私たちは、麦畑のほんの隅っこをお借りすることができた。


 そこは一見すると何も植わっていないうね。もともとは他の箇所同様に種を蒔いたんだけど、残念ながら発芽することはなかったのだとトマスさんが教えてくれた。


「本当にそこで良いのか? いや場所もそうだが、そもそも領主さまは何するつもりなんだい?」


 申し訳ないけれど終始戸惑いっぱなしのトマスさんはいったん無視して、私は畑に足を踏み入れる。そのまま膝が汚れるのも構わずしゃがみこんで、生命を感じない赤褐色のうねに相対した。


 ――どうか、どうか上手くいって……!


 正直なところ、ただの思い付きに過ぎない。想像通りのことが起きる保証はどこにもないし、むしろ悪い結果になる可能性だって十分すぎるほどある。


 それでも――このギフトが私にあたえられた理由があるんだとしたらきっと、この土地への『理不尽』を振り払うためだから。


 心臓が痛いくらいに鳴っている。じっとりと汗ばんだ手のひらをそっとうねにかざす。


 そして、一つ深呼吸してから、心の中で強く念じた。


 ――お願い、目覚めて……!!


 瞬間、見覚えのある白銀の輝きが手のひらからあふれ出した。


「な、んだこれは……魔法か……?」


 初めてそれを見たトマスさんが息を呑む中、輝きはどんどん強さを増していき、土の中へと吸い込まれていく。


 変化は劇的だった。


 白銀の輝きの中で、ひび割れかけた赤褐色のうねがまるで耕したてのように柔らかく黒々とした土へと変じていく。


 そこから色鮮やかな芽がいくつも飛び出したかと思えば、みるみるうちに既に生育していた麦と遜色ない高さまで伸びていく。


「お、おい、どうなってんだ……!? なんでこんな、早く育ってやがる!?」


「何、何が起きてるの!?」


 ――まだ、まだだよ……! もっと、もっといけるはず……!!


 騒ぎを聞きつけたのか、人の気配とざわめきが大きくなるのを背中で感じつつ、私は【目覚まし】を行使し続ける。


 そうして目の前に、自分の腰の高さを上回り立派な粒をこれでもかと実らせた黄金色の麦が並んだ。この集落どころか、王家直轄の麦畑でさえ及ばないような、上質な麦が。


 あたりに沈黙が満ちる。誰もが呆然と、目の前の光景を見つめてる。


 そんな空気を割いて――。


「――やっ、たああああああああっ!!」


 私は達成感とともに勢いよく立ち上がり、両手を高々と突き上げた。


 ……までは、良かったんだけど。


「っあ、れ……?」


 ――なんか、視界、揺れて……?


 思うが早いか、全身が急速に倦怠感に包まれる。少し遅れて頭が痛みだしたかと思えば、今度は胃の奥がむかむかとして吐き気がこみあげてくる。


 ――あ、これ、魔力切れだ。


 膝からがくんと力が抜けて、目の前の麦がすごい勢いで近づいてくる。……いやこれ、私が倒れてるのか。


「――――!!」


 ローザの叫び声が聞こえたような気がしたのと、私がせっかく目覚めさせた麦畑に顔から突っ込んだのはほぼ同時だった。

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