第7話 まずは現状確認から
翌日。派手にきしむ音を立てる館の扉を押し開けると、眩い朝日――ではなくどんよりとした霧が私を出迎えた。
「……一応、朝なんですよね?」
「何ならお昼前です」
「うぐっ」
容赦のないローザの一言につい頭を抱えそうになる。
いや、何も私だっていきなり寝坊かましたかったわけじゃないんだよ? ただローザにも言われた通り、慣れないことだらけでやっぱり体は疲れてたみたいで、固い床に敷いただけの毛布の上でもびっくりするくらいすぐに寝ちゃったと言うか。全く起きられなかったというか。気が付いたらこんな時間だったというか。
もう、せっかく私が王宮内でこっそり『お寝坊王女』なんて不名誉なあだ名をつけられてたって事実を知る人がいない場所に来たのに、我ながらに先が思いやられるなぁ……。
ちなみにこんな時のための【目覚まし】では? と思われるかもしれないけれど、術者である私が寝ながら【目覚まし】を発動するなんてできるはずもない。つまり完全に死にギフト。もう、何なんだろう本当に。
「とっ、とにかく集落を見て回りますよ。まずは現状確認ですっ」
自分の失態をうやむやにするように、私はローザを伴って畑の方へと歩き出した。
この集落は領主の館を中心に複数の民家が集まる形で構成されている。井戸は館の裏庭と民家が集まる中心の広場に一つずつあり、西側には少し大きめの集会所らしき建物が建っている。
東側には畑や倉庫があって、領民のほとんどが農耕を生業にしているそう。実際今も、領民の方々が作業に精を出している。
……んだけど。
「上手く行ってるようには……見えませんねぇ……」
季節は初秋。私が知っているこの時期の麦畑と言ったら、背の高い黄金色の麦が一面に広がっているものだけ。なのに目の前の麦畑はと言えば、褐色の土が目立ち、私の膝丈くらいしかない低い麦が頼りなく揺れているばかりだ。
畑の淵ギリギリに寄って、麦の一本を観察してみる。現物を見たことはそう多くはないけれど、なんとなく茎も細いし粒も小さそうな気がする。
と、そこへ。
「おう、領主様じゃないか。監視にでもきたのか」
畑作業をしていたらしい集落の長、トマスさんが額の汗をぬぐいながら話しかけてきた。
「すみません、お邪魔だったでしょうか」
「別にみる分にゃ構わんさ。ただ、あんまり荒らされるのは勘弁願いたいね。こんな畑でも俺らの誇りなんだ」
不躾な物言いにローザが微かに眉をひそめたのが見えたけど、私はそっと手で制する。
「今年の収穫はいかがでしょうか?」
「いかがも何も見ての通りさ。冬を越すには到底足りねぇし、今年も支援金に頼るしかねぇ」
「……その、毎年このような状態なんですか?」
「そうだ。どれだけ耕しても肥料を入れてもこれが限界だ。かといって放っときゃ余計に取れなくなる。だから朝から晩までこうして働かにゃならんのさ」
トマスさんはそう言って、苦々しげに畑を見渡す。作業をしている領民の皆さんは、誰も彼もひどく疲れて見えた。
「こんな集落に先はない。動けるもんは早々に見切りをつけて出ていく。ここに残ってるのは外に出る元気もないやつか、俺みたいに役割上出ていけないやつだけだ」
――それで、こんなにも活気がないんだ。
言ってしまえばここは、すべてをあきらめてしまった人たちのたまり場。霧が立ち込める以上に感じられた重たい空気は、ほかでもない住民の皆さんの心が生み出していたんだ。
トマスさんは深々とため息をつくと、私のほうへと視線を戻す。その瞳は昨日も感じた拒絶だけでなく、自分よりもはるかに若い、先があるはずの若者への憐憫が映っているような気がした。
「領主様がどういう決意でここに来たのかは知らねぇ。だがな、世の中にはどうにもならない理不尽ってもんがあるのさ。それがわかったなら、あんたもさっさとここから出ていきな」
その言葉に胸が締め付けられる。
どうにもならない理不尽――それはまさに、私が長年経験してきたものだ。生まれた時から期待されず、どれだけ努力して学業や魔法で好成績を残したって評価されない。そして今も、ギフトという私にはどうしようもないものによって無能の烙印を押されてここにいる。
ここの皆さんだってそうだ。この地に生まれたという理由だけで苦労を強いられて、ただ生きるだけで精一杯。環境を変えることも叶わず、ただ緩やかに死んでいくだけ。
――そんなの、おかしいよ。
「……俺から声をかけといて悪いが、もう仕事に戻るぞ。すまんが領主様を案内できるだけの余裕はここにはねぇ。見て回るなら勝手にしてくれ」
そう言って作業に戻るトマスさんを、私は唇をかみしめて見送るしかできなかった。
それから他の作物を育てている畑も見て回ったけれど、どこもかしこも似たような状態だった。表面はほとんどが土に覆われていて、わずかに伸びた蔓は頼りなく葉っぱは枯れかけている。掘り返してみたところで、まともな実りは期待できないだろう。
原因になりそうなものはいくらでも考えられる。霧による日照不足に、固く乾燥した土壌。かつて近隣にあったらしい湖はとうの昔に枯れて久しく、少し雨が降らない時期が続けば作物への影響は計り知れない。
……でも、これらはあくまでも『結果』に過ぎないと、私は思う。根本的な原因はおそらく、この地に魔力が全く感じられないことだ。
魔力は本来、世界を循環して自然やそこに生きるあらゆるものに生命力を与えるエネルギー。人類はもとより動物や植物、それこそ水や地面などのあらゆるものに宿っている。
人間が魔力を使いすぎると『魔力切れ』と呼ばれる様々な不調に襲われるけれど、それは他の生物や土、水や空気だって同じ。つまりこの土地は丸っと『魔力切れ』状態にあるんだ。
日光を遮る霧も、固くて養分が少なくなった土も、枯れた水源も。そのどれもがこの地の『魔力切れ』の結果であり、それによってここが不毛の地になったんじゃないかっていうのが、実際にここにきての私の所感だ。
これが人間相手だったなら、魔力がある場所で休んだり誰かが魔力を分け与えたりすることで回復できる。でも土地そのものから魔力が失われたとあらば、どう対処したものだろう。自然を前にしたら人間の魔力なんてちっぽけなものだし、他所から持ってくるにしたってこんな大規模に行うのはそれこそ大精霊とか神の御業だ。
つまり、少なくとも今の時点では対処不能ということ。
ここまででも十分すぎるくらい頭が痛いのに、おかしなところが他にも。
「……なんであの森で、魔力が止まってるんでしょうね?」
集落の北側、古びた木製の柵で区切られた向こう側に広がる森を見て、私は思わず首を傾げた。
「……わかるのですか?」
「え? だってあんなに魔力が溜まりに溜まってますし……あれ、気のせいです?」
「いえ、おそらく一般人には判別不能かと」
あれ、そうなんだ? ちょっと集中したらわかるんだけど……まぁ今は置いといて。
「それでなくとも変ですよね。畑はあんなに痩せてるのに、この森だけはやたらと立派ですし。土壌や気候じゃ説明がつきません」
そう。遠めに見た時からおかしいとは思ってたんだけど、集落がある近辺とこの森、まるで線でも引いたかのように分かれてるんだよね。境目からこっち側の畑はさっきの有様だったのに、向こう側の木々は空高く伸びて青々とした葉を茂らせてるし。
それで近づいてみたら魔力が極端に偏ってるんだもん、正直違和感しかない。
「……まぁ確かに、不自然な光景ではありますが」
「ほら、ちょうどあの境目当たりのところで魔力がせき止められてるでしょう? あのせいでこっちまで魔力が来てないんですよ」
「魔力が、せき止められて……?」
「あれをこっち側に通せれば何とかなるはずなんですけど……それこそ大精霊様とかの領域の話ですし、現実的じゃないですね」
「……」
ローザがいつになく難しい顔をしてる気がする。そうだよね、こんなのどうすりゃいいのって話だもん。悩みを共有できるって素晴らしい。
「……それはそうとあの森ですが、話によると強力な魔物が住まう森だそうです。入ったものは二度と出られないとか」
「確かにこの魔力量だと、そこらの兵士や冒険者では歯が立たないレベルの魔物がうようよしていそうですね」
「ただし、集落側には決して魔物が出てくることはなく、近寄りさえしなければ無害とも聞いております」
「それはそうですよ、こんなに魔力がからっからなところに魔物なんて出てこられません」
「……アリシア様が評価されきらなかった理由の一端を見た気がします」
「へ? 何がです?」
聞き返してみたけれどあいまいに首を振られるだけだった。どういうことなんだろう……?
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