第3話 あれからの二年間を、つらつら思う

 入学式は粛々と進み、最後に緒方先輩が生徒会長として壇上に上がった。

 先輩が壇上でマイクに向かうと、ざわっと会場に声が上がる。

 カッコいいもんな。納得の反応。

 そして生徒会についての説明が始まった。


 この学校は、俺が思っていたより、生徒会の権限が大きいようだ。

 生徒会か……

 俺は、もういいや。

 高校ではそれより、女子がいるクラブに入って、彼女を作りたいな。

 今までの自分からの脱却だ。



 俺はあの親睦会からの二年間を、ぼんやりと思い返した。

 あの後すぐに、生徒会役員からの個別指導が始まった。

 優秀な先輩たちが、突然、俺専属の家庭教師になったのだ。

 で、各教科を教えてくれる。


 更に、定期テスト前には、『ヒロシ君成績アップ対策部隊』が編成される。


「さあ、因数分解の問題、十問解こうか」

 やる気満々の先輩に、おずおずと尋ねた。


「先輩、ご自身の勉強は大丈夫なんですか?」


「大丈夫。教えるのが良い復習になるんだ。だからWⅠN―WⅠNさ」


 凄くいい笑顔でポジティブな答えが返って来る。そうなると、面倒を見てもらっている身で文句を言うことは出来ない。

 そんな彼らのおかげで、俺はメキメキと成績を上げた。


 元来俺は根が素直なのだ。

 そして長いものには大人しく巻かれる。

 斜めになっている根性も、実は真直に傾いているだけで、ねじれてはいない。

 高校生になった今思うに、少しの運の悪さと、かなりの要領の悪さで、人生を拗らせていたのだ。


 成績が上がると、周囲の目が急激に変わっていった。

 特に以前を知らない一年生など、俺を尊敬の目で見る者まで現れた。


 そして翌年の生徒会代替わりの時、やっと役員を降りられると喜んでいた俺に、生徒会からの招集メールが届いた。


「え? 俺、今年は生徒会、関係無いよね」

「え? サポート役員のまとめ役に決定していますよ、田中先輩」

 既に申し送りが完了していた。


 ……どういうシステムなんだ⁉


 その頃から、俺には『影の生徒会長』というあだ名が付けられ、生徒の間に浸 透していった。

 成績優秀で、友人を作らず孤高を貫く男。

 二年上の、かつてのカリスマ生徒会長と親交が深く、現生徒会でVIP待遇が敷かれている男。

 そんな奴がアンタッチャブルな存在とされるのは、当たり前だ。


 実際にも、表の(表しかないが)役員たちが、俺に意見を求めることも多くなっていた。

 一年生から関わっているせいで、いつしか俺は一番の古株になっていた。


 そういう感じなら、友達一杯、女子にもモテて、リア充になってもいいはず。

 ところが現実はシビアだ。

 以前とは様子が違うが、周囲からはなんとなく距離を置かれていたし、女子との接点も全く無かった。


 やはり問題は見た目だろうか。

 身長は中三の終わりで、170センチまで伸びたが、ヒョロっとしてバランスが悪い。

 そして顔は濃い。

 サラッと爽やかタイプが憧れなのに、目鼻クッキリ、眉毛シッカリ、髪も真っ黒で重苦しい。

 以前流行った古代ローマのフロ映画に、エキストラで出られそうだ。


 濃くても格好が良ければいいけど、俺はもっさりしてあか抜けない。

 それに、自分から女子に声を掛けるような勇気もない。


 里見先輩には時々慰められたけど、なあ。

 慰められても、こればっかりは……


 元生徒会メンバーとは、卒業後もよく一緒に遊んでいた。

 ゲーセンやカラオケのインドア系も、海や川や山などのアウトドア系もあるけど、一番多かったのはバスケット。


 二つ年上の先輩たちに混じってプレイすると、俺は軽く弾き飛ばされる。

 ひょろひょろだから仕方ないけど、上品な見た目の割に、皆ラフプレーが多い。

 中学三年生の中頃になって、やっと付いていけるくらいになった。


「ヒロシ、最近ふっとばされなくなってきたね。よしよし」


 強烈な肘鉄を脇に入れられ、かろうじて崩れ落ちないで耐えた俺に、井上先輩がにこやかに言う。

 いつの間にか俺の体には筋肉がだいぶ付いていた。そうでないとボコボコにされる。

 これはバスケか? 

 格闘技じゃないのか?


 女子の先輩たちは、二人共背が高くて、均整の取れた立派な体をしている。

 美女に『立派』という形容詞は似合わないけど、俺にとって二人は闘牛場の凶暴な牛。 

 自分めがけて突進してくる、自分より大きな体に美を感じる余裕はない。

 今思えば、男の先輩二人は、手加減してくれていたようだ。


 そんな風に、忙しく二年が過ぎ、俺は無事に先輩たちと同じ高校に合格した。


 俺は勿論嬉しかったが、去年と今年の生徒会役員たちの方が盛大に喜んだ。

 卒業生まで集まり、『ヒロシ君プロジェクト打ち上げパーティー』を開いたもんな。

 一体緒方先輩から、どんな風に依頼されたんだろう。


「なあ、緒方先輩ってさ、どんなふうに頼んだんだ? 教えてくれよ」


 一番仲が良く、一番口が軽そうな同級生に振ってみると、思い出そうとするようにこめかみに手を当てた。


「俺、直接は聞いていないよ。だけど先輩から、絶対にクリアしないとやばいミッションだって言われた。だからさ、わからないけど、これはやらないといけないって思っていた」


「やばいってなんだよ。緒方先輩がやばい人みたいじゃないの。そういうこと?」


「おい、怖い事言うなよ。 今の聞かなかったことにして」


 そいつはそそくさと離れて行ってしまった。

 少し強引だけど、緒方先輩は俺にとって良い先輩なんだ。何かの黒幕みたいな言い方は、やめて欲しい。


 その緒方先輩に報告すると、家に誘われた。


「お祝いは入学してからな。入学前に一度会おうか。ユキが、お前をいじりたくてうずうずしているからな。制服が届いたら、それ持って来いよ」


 約束の日に、緒方先輩の家に行くと、他の三人がすでに来ていて、俺の高校デビュー準備が用意されていた。

 今井先輩と里見先輩は幼馴染なので、家は近所だ。

 集まるときは、ほとんど緒方先輩の家に集まっているらしい。

 いかにも勝手知ったる他人の家という感じで寛いでいる。

 井上先輩も、同じく。


 俺は母から持たされた土産を、緒方先輩のお母さんに渡して挨拶した。


「いつもお世話になっています」


「いいえ、こちらこそ。我儘な子で付き合うの大変でしょ。ごめんね」


「まさか、そんなことありません」


「一人っ子だから、田中君の事を弟みたいに思っているようね。だからってあんまり無茶な事言い出したら、ユキちゃんに言いつけてちょうだい。多分大人しくなるから」


 さすがの緒方先輩も、お母さんにかかったら、ただの我儘な子扱いか。

 「おい、ヒロシ。早くこっちに来い。お母さんも変な事を吹き込まないでくれよ」


 拗ねたような顔で言う緒方先輩。新鮮だ。



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