第2話 ”俺の引き継ぎ” って何?

 生徒会の代替わりの懇親会で、元会長の緒方祐樹は、新会長に俺のポジションを指示した。サポート役員の取りまとめ役だそうだ。


「なにそれ、聞いていませんよ!」

 俺の抗議は、笑顔でスルーされた。


「いいからやれ。お前、結構器用で優秀だよな。感心していたんだ。そのまま続けて自信を付けろ」

 完全に命令だ。


 だけど、今までは緒方先輩たちの指示に従って動いて来ただけだ。自分自身がリーダーとして人をまとめていくのは全くの別物だろう。


「無理です。俺には無理ですって」 

 慌てて辞退したが、これもスルーされた。


 美少女、里見ユキ先輩が、ポニーテールを振りながら、小走りに駆け寄って来た。

「大丈夫だよ。私が保証する」 


 ちなみに、彼女は分厚い黒ぶち眼鏡と長めの前髪で、美貌を隠している。

 俺が彼女の存在に気付かなかったのは、これのせいだったのだ。


 それでも美貌は隠し切れず、時々男から告白されるようだ。

 それを片っ端から断るのは有りとして、なぜかそのたびに不機嫌になる。


 不思議に思って、一度、今井先輩に尋ねてみた。


「里見は男嫌いなんだ。男に言い寄られるのが嫌で、目立たないように変装している」


 緒方先輩と今井先輩は幼馴染だから別枠としても、俺と接している里見先輩からは、そんなものは感じない。

 だが言われてみれば、他の男子と親しげにしているのを見たことは無かった。


 その日も今井先輩は、苦笑いで俺たちの様子を見ていた。

 それから俺に小声で言った。


「ヒロシ。悪いが、がんばってくれ。俺たちにはお前が必要だ。俺もできるだけの応援をするからさ」


「必要って、何にですか? 俺が何の役に立つって言うんです?」

 ふっと、大人っぽい笑い方をして、今井先輩は言葉を濁した。

 

 そしてその日、緒方先輩からもう一つ宣告されたことがある。


「ヒロシ、俺たちと同じ高校に来い。お前のポジション空けておくから」


 生徒会の中心メンバー、会長の緒方祐樹と副会長の里見ユキ、書記の今井武、井上由美の四名の先輩たちは、地域で一番の進学校、青葉高校に進む予定だ。


 国の実験校で、難易度は全国的に言ってもトップレベル。

 ここは実験校だけあって、一般の高校と違う。


 『日本のリーダーたる資質を育てる』 


 それが学校方針で、一般企業との連携、交流を持つ異例の学校なのだ。

 

 この学校に入れば、将来に有益な非常にダイナミックな経験が出来ると噂されている。

 エリート養成というだけに収まらない、ユニークな三年間を過ごすことが出来るらしい。

 ここには、成績だけでは合格できないという。

 何らかの特技か、アピールポイントを持っていないとだめなのだ。


 常に学年の一位から四位を占め、二年間生徒会役員を務めた彼らなら、余裕で受かるだろうが、俺には完全に射程範囲外。


「あそこは学年のトップレベルでないと入れません。無理です」


 俺は勿論、即答した。

 学年百位前後が俺の定位置だと、小声で耳打ちすると笑われた。


「大丈夫。次期生徒会にお前を引き継いでおいた。それでお前の成績アップをミッションとして与えてある。生徒会に名を連ねているから、アピールポイントはバッチリだ。後はお前が死ぬほど勉強すればいいだけだよ」


 ……俺の引き継ぎ?


 俺を引き継ぐ、とは? 冗談だよな、とヘラヘラ笑ってその日は逃げたのだが、どうやらガチだったようだ。


 俺はそれから二年間にわたり、生徒会役員による手厚い個別指導を受け、成績を上げていった。

 更にサポート役員の取りまとめ役を二年間務め、アピールポイントを上げた。


 そのおかげでか、無事に青葉高校に合格したのだ。



 そして迎えた高校の入学式。

 母と二人で校門をくぐった俺は、すぐさま一歩後ずさった。


 門から少し先の右側に、いつもの四人が並んでいる。

 見た目の良さと存在感が化け物級の人間が四人だ。

 それはそれは目立つ。

 しかも今日は特に気合が入っているようで、普段の三割増しの威力を放っている。


 ただそこにいるだけには見えないので、門をくぐった新入生と親たちは、全員がそちらに目を向け、会釈をして通り過ぎていく。

 これは生徒会による新入生歓迎サービスなのだろうか。先輩たちは中学時代と 同じように、四人で生徒会を牛耳っているそうだ。


 ちょっとぎこちなくだが、俺も一新入生として、他人行儀な会釈をした。

 すると四人が吹き出した。


「何、そのすました顔。あなたを出迎えようと待っていたのに、そのまま行く気?」

 里見先輩がタタッと寄って来て、目の前に立った。


 隣で母が目を丸くしているのが分かった。すぐに俺のジャケットの裾を引っ張って、

「誰?」

 と小声で尋ねる。


「はじめまして。同じ中学出身の里見です。生徒会でご一緒していました」

「あ、どうも、息子がお世話になりました。高校でもよろしくお願いします」


 そう挨拶する母に、里見先輩は明るく答えた。

「もちろんです」


 他の三人も寄ってきたので、今度は俺と母まで注目される。


 先に音を上げたのは母だった。


「受付するから先に行くね」 

 そう言い残し、足早に立ち去った。


「今日からまた一緒だな。楽しみだよ」


 制服姿の緒方先輩は、普段よりストイックな雰囲気だ。

 相変わらず細身だが、体はバキバキなのを知っている。そう思って見ると、なんだかいかがわしく感じるのは、俺が変なのだろうか。

 いや、これが制服の魔力というものかも。


 井上先輩が、俺のジャケットの袖口からシャツを引っ張り、整え直してくれた。

「緒方くんを熱い目で見つめちゃって。ヒロシってそっち系の人だった?」

「そんなんじゃなくて。体バキバキなのに細く見えるなって……」


 しまった! 

 どうやら俺は墓穴を掘ったらしい。


 先輩女子二人は口に手を当て、喜悦の笑みを湛えて後ずさる。

 二人もプールや海で見ているじゃないかという叫びを、グッと飲み込んだ。二人共、何を言っても無駄な雰囲気だ。


 横を歩いて行く新入生たちは、興味深げにチラ見していく。

 生徒よりお母様方の視線の方が、長く留まっているように思うのは、たぶん俺の考えすぎだろう。

 緒方先輩は、「そうかなあ」 と軽く流している。


 俺のジャケットに手を伸ばすと、肩の位置を整えてから、ポンと軽く叩いた。


「入学式が終わったら、生徒会室に来いよ。歓迎会をするからさ」

 そう言ってから、先生方が忙しそうにしている方へ歩き去った。


 その後ろ姿を見送り、俺は「オオー、なんかカッコいい」と声をもらした。

 背中に味が有る。なんだろうなあ、こういうのって。


 中学時代に初めて会った時、緒方先輩はきつめの美女にも見えるほどの美形だったけど、今はすっかり男っぽくなっている。

 美女がいい男に変わったが、格好が良いのは今も以前も変わらない。

 背中が格好いいイコール、セクシーというやつか?


 考えてみたが、俺とは縁のない世界なので、全くわからない。

 結局、人種が違う、と思うことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る