コードブレイカーの初恋
飯田太朗
第1話
しかし、これが女子高生なら「花の~」がつくのに、男子になると途端に「じゃがいもでも掘らせておけ」という雰囲気になるのはどうしてだろうか。
それはこの美少年ばかりが集まる男子校、九院高校においても同様で、身なりの綺麗な王子様系美少年から制服を着崩し汚し砕けさせた腕白美少年まで、十把一絡げに「お前らは芋でも掘っていろ」という扱いなのだから不思議である。
まぁ男子も男子で、「芋を掘れ」というと「誰が一番深い穴を掘れるか」という競技に発展しそうな気配があるから仕方がないのかもしれない。男はいくつになっても単純なのである。
そういえば先日、バレンタインデー。
美少年ばかりの九院高校の校門周りには毎年恐ろしい数の女子生徒が集まるのだが、今年は登校してきた男子の視線を一手に引き受ける女子がいた。周りの女子の怨念さえも一身に集めた彼女の戦略は以下である。
「チョコ作れなかったんで、から揚げ作ってきました!」
そう。肉で男を釣るのである。
実際登校中の男子生徒は吸い込まれるようにしてその女子の元へ。みんな爪楊枝に刺さった一切れのから揚げを手に嬉しそうに歩いている。当の女子の方はと言えばバレンタインに好きな男子を待つ片想いの乙女というよりも学食で生徒に飯を配るおばちゃんといった風情だったが、誰の目にも明らかに、今年のバレンタインデーは彼女の圧勝だった。「また作ってきてよ」そんな熱烈アピールをした男子までいた。
僕もそのから揚げを食べたのだが、まぁ察するに下味にニンニクを使っており、この匂いが男子生徒の食欲を堪らなく刺激したのだろうと推察できた……まぁ、こればかりは久住の力を借りなくても僕でもできる。
さて、この度僕が紹介するミステリーは、そんな思い出話をしたくなるような物語……そう、久住と女子の物語、である。
*
部活交流。
男子校である九院高校が女子と正式に接触する機会があるとすればこの年に一度の部活交流だった。これは九院高校の女王、つまりクイーン・オブ・クイーンである我が校の校長が企画した課外学習である。
「紳士たるもの、女性の扱いは学ばないといけません」
そういうわけで九院高校の交流先に選ばれたのが二駅先の女子校、
お嬢様学校。美人が多いかと言われると評判はまちまちとのことで、要するに九院男子は視界に留める程度にしか見ていないようだが、まぁそれでも女子。男子高生からするとから揚げの次に興味がある存在である。
さて、その部活交流において、九院高校のどの部活と誠心女学園のどの部活とが交流をするのか、という取り決めは生徒同士で行うことになっている。お互いの生徒会同士が交流する部活を決めるのだが、一説によればこの時お互い初めて顔を合わせる九院高校生徒会と誠心女学園生徒会はさしずめ「集団お見合い」というような体に見えるらしい。まぁ九院高校と誠心女学園のファーストコンタクトという側面から見ても、学校交流の先鋒戦みたいな雰囲気はある。
果たして今年もその先鋒戦が開かれた。生徒会同士が協議した結果、我らが久住飛定が部長を務める「解明部」は、誠心女学園のとある部活と交流をすることになった。
その相手こそ、今回の話の中心となる存在である。
暗号解読部。
「よく分からん部活だから、うちの『よく分からん部活代表』の解明部を当てておいた」
とは、我らが九院高校生徒会長の言である。
*
「……まさかこんな単語を間違えようとはな」
解明部は隔週木曜日に活動をしている。活動と言っても久住は解明部の部室たる本校舎二階の二十一号室B課にてバイオリン……ではなくフィドルを演奏しているだけのことなのだが、不思議とこの音につられてか、あるいは昇降口近くにある掲示板に貼りだされた「謎、解きます」のポスターを見てか、月に数人の客は来るのである。
この日、僕は二階二十一号室B課にて、授業で行われた英単語テストの見直しをしていた。医師を志す僕として、日々の勉学は欠くことのできない課であり、そして未来への糧であった。だがこの日の単語テストは少しばかり調子が悪くて……人生で初めて、得点が七割を割って六割台になってしまった。
「『isle』……『島』か。くそ、覚えてたのにな」
記憶にはあったのにテストの際に思い出せないなんてのはままあることである。いわゆる「検索失敗」。
「『view』……『眺め』。これは楽勝だったんだが……」
悲しいことにスペルミス。「veiw」。集中力が足りていなかった。
「『I Love You』だな」
ピンピンとフィドルの弦をはじきながら、部屋の隅のソファで丸くなっていた久住がつぶやいた。僕は首を傾げた。
「何がだ?」
すると久住はひょいと肩をすくめた。
「『isle』と『view』だろ? Isle Of View……音が『I Love You』に似てる」
「
久住が歯を見せた。
「この言葉遊びは、僕がオーケストラにいた頃、バイオリンの先生が教えてくれたんだ」
ピンピン、と再び弦をはじく久住。その目がどこか遠い気がして、僕は訊ねた。
「何を思い出している?」
すると僕の声に久住がぴくんと跳ねた。
「何も」
「うそつけ」
しかし久住は黙った。それから、ソファの前のローテーブルの上にあった、一枚のプリントに目を落とした。
「部活交流か」
僕が単語ノートから目を移すと、久住は小さく「ああ」と頷いた。
それから少し、時間が流れた。それはほんの数秒、まぁ多く見積もっても十数秒程度のことだったが、しかし久住の舌を解すのには十分だったらしかった。やがて久住が口を開いた。
「オーケストラで、僕は初恋をしてね」
あの変人奇人、馬鹿と天才は紙一重というがその紙一枚ぶち抜いている久住飛定の口から「初恋」なんて言葉が出てきたものだから思わず僕はひっくり返りそうになった。その仕草が大げさだったからか、久住は顔をしかめた。
「僕だって女の子に興味はあるさ」
かわいいからな。
そうつぶやく久住があまりに現実離れしていて……僕は思わずこう訊いた。
「頭でも打ったか」
やはり久住は眉をひそめた。
「あんまり馬鹿にするもんじゃないぞ」
「ああ、すまない」
いよいよ僕は単語の勉強どころじゃないぞとなって久住に向き直った。
「で、それと部活交流とがどう繋がる」
僕のその質問に久住は、やはり目線を以て答えた。ローテーブルの上にあったプリント。そこには交流先の部活動がまとめられた一覧があった。僕はそれを手に取った。僕が所属する……兼部しているラグビー部は誠心女学園のチアリーディング部と交流するのだが(そしてそのことがラグビー部員のエナジーをどこまでも高めているのだが)……我らが久住飛定率いる解明部の相手はこんな部活だった。
〈解明部⇔暗号解読部〉
「暗号解読部?」
僕がつぶやくと久住が目線を窓の外へ投げた。意味が分からず僕は訊ねた。
「何か心当たりがあるのか」
すると久住は切なさそうなため息をついてから返してきた。
「暗号解読部は、もともと数学研究部とクイズ研究部が一つになった部活でね。数列の問題が得意な数学研究部と、古今東西様々なクイズを解いてきたクイズ研究部とが混ざった結果、数列による暗号解読なんかをするようになった部活なんだが……」
「いやに詳しいな」
僕がそうつぶやくと久住は鼻を「くすん」と鳴らしてから続けた。
「
「コードブレイカー?」
僕が訊き返すと久住は頷いた。
「
久住の奴、何やらすごい子に恋をしていたのだな、と僕は思った。
しかしこの時僕は知らない。
この恋が、思わぬ実り方をするということを。
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