第36話 貴族令嬢ローラ=エクスリプス=デ=ベルサール
「この三人は、それなりに腕が立ちます。護衛、警備、代理での冒険者業務も問題なくこなせるかと」
「……私が欲しいのは」
ソルフィーユは、わざと間を置いてから口を開いた。
「汎用性が高くて、死ににくい者よ。それに――命令がなければ動けないような“人形”はいらないの」
この発言にドルドンや奴隷たちが僅かに反応するのが見えた。
ここに並んでいる奴隷には申し訳ないが、奴隷に、そこまで都合の良い人材がいるはずがない。
ただし、部屋の隅に静かに立つ女エルフは、明らかに別だったが。
「他の者も見てみたいわ。掘り出し物があるかもしれないでしょう?」
ここからが本題だ。揺さぶりをかけてみる。
「戦闘奴隷でしたら、まだ在籍しております。ただ……性格が荒かったり、調教が行き届いていない者もおりますので、万が一お怪我をなさっては――」
「心配はいらないわ」
言葉を遮り、微笑む。
「せっかく来たのだもの。色々と見てみたいの。案内してくれるかしら。もし気に入ったのが居たら即決で買うわ」
「……かしこまりました!」
店主――ドルドンは、わずかに声を弾ませて頷いた。
女エルフを伴い、奥へと続く通路へ案内する。
施設内は、意外なほど清掃が行き届いていた。
石床に血の跡はなく、空気も澱んでいない。
だが、並ぶ牢の中には、老若男女、種族も様々な奴隷たちが多く収容されている。
視線を伏せる者、こちらを睨む者、感情を失ったように座り込む者、反応はまちまちだ。
「戦闘奴隷のほかにも、メイド用、畑仕事用、鉱夫用など、多様な用途に対応しております。当商会は、あらゆるニーズにお応えできますので」
誇らしげに語るドルドンの声が、通路に響く。
「もしよろしければ、戦闘奴隷以外の者もご覧になりますか?」
「他にも色々と便利そうな奴隷がいるのね。ふぅん……変わった子がいればいいのだけれど」
「お貴族様の中には、趣味で多種族の奴隷を側に置かれる方もいらっしゃいます。きっと、ご希望に沿う者が見つかるかと」
「そうね」
行方不明の子供の情報を引き出せるのなら御の字。足を止め、何気ない調子で続ける。
「私と齢が近い、そうね……子供の奴隷はいるかしら? 十歳前後で、種族は問わないわ」
その瞬間だった。
女エルフから、ほんの僅かだが殺気が漏れた。
一瞬で消えたが、気のせいで済ませられるものではない。
子供の奴隷。
その言葉に、彼女は明確な感情を示した。
「……申し訳ございません」
ドルドンが、少しだけ声の調子を落とす。
「聖王国内では、子供の奴隷の取引は禁じられておりまして……」
「そうなの?」
眉をひそめ、不満そうに口を尖らせる。
「私、欲しいものがあれば、絶対に手に入れたい性分なのだけれど」
「ローラ様、そ、それは……店主の言っていることは本当です……」
駄々をこねる貴族令嬢と、どう取り繕えばいいのか分からず困り果てる従者。
我ながら、理にかなった演技だ。
ドルドンは二人を交互に見て、しばらく黙り込んだ。
そして、周囲を気にするように声を落とす。
「あまり大きな声では言えませんが……今週末、当奴隷商で、特別なオークションが予定されております」
「オークション?」
「ええ。各地から集められた奴隷を競りに掛ける場でございます。当奴隷商から招待状をお渡しできますので、よろしければご参加を」
「そこに、私のお目当ての奴隷がいるのかしら?」
「戦闘奴隷はもちろん、男娼、珍しい種族、魔物の類まで取引されます。……稀に、年齢を偽って出品される例も」
――来た。
これは、かなり本命に近い情報だ。
「その招待、いただくわ」
即答する。
「リュミ。白金貨を渡して差し上げて」
「か、かしこまりました」
リュミエルは小袋から白金貨を一枚取り出し、両手でドルドンに差し出した。
ドルドンは目を見開き、思わず息を呑む。
そして、慌てて両手で受け取った。
白金貨一枚は、金貨百枚に相当する。
金貨五枚あれば、平民一家が一年暮らせる額だ。
それを、ためらいもなく差し出す。
――聖女ソルフィーユが扮する、貴族令嬢ローラ=エクスリプス=デ=ベルサール。
その名と価値を、ドルドンはこの瞬間、完全に理解したはずだ。
奴隷は購入せず、そのまま帰路についた。
本気で買うつもりなど最初からない。そもそも聖女が奴隷を買えば、世間体が悪い。活用法も思い浮かばない。買う理由が、どこにもないのだ。
「ソルフィーユ様……やはり、あそこは違法な奴隷商でしたね」
「そうですね。表向きは普通の奴隷商を装いながら、世に出せない“品”を、闇オークションで捌いているのでしょう」
懐に入れていた招待状を取り出し、目を走らせる。
そこには注意事項と、観覧席の番号が記されていた。
護衛は一人まで。
仮面で素顔を隠すこと。
購入金額を支払えない場合、罰則あり。
注意事項というより、脅しに近い。貴族に相手に脅しをかけるとは、それなりの人脈や力があるという証拠だ。
「リュミエル。違法な奴隷が出品される確率は高いと思いますが……気になるのは、子供と魔物の扱いですね」
「はい。聖王国ディオールでは、子供の奴隷取引は禁じられており、重い罪に問われます。魔物についても、許可された特定の個体以外は、街へ入れること自体が禁忌です」
魔物と一口に言っても、すべてが危険というわけではなく、家畜用として飼育される種類もいるらしい。
だが、大半は危険な存在だ。
それが奴隷オークションという形であれ、聖都の中へ持ち込まれているのだとすれば、それ自体が重大な問題になる。
「……タイガー商会の下部組織だとしても、規模が大きすぎますね」
「はい。王国の貴族が絡んでいる可能性も高いかと……」
私は招待状を折り畳み、静かに息を吐いた。
今回の狙いは、ナスター=ヘスペリアを追い詰めることだ。
だが、これは小さな摘発で終わらないかもしれない。
大きな捕物劇に発展する可能性がある。
だからこそ慎重に動く。
(頭を炙り出して、まとめて潰す)
闇に手を突っ込むなら、手首だけでは足りない。
掴むなら、根ごとだ。
まずは、準備が必要だ。
猶予は四日ほど。その間に整えるべきことは多い。
変装道具の用意。
奴隷商内部の追加調査。
そして、戒律院への協力要請。もっとも、これは表立っては動けない。
「仮面の作成は、ミラーナ殿にお願いするのはどうでしょう?」
「良い案ですね。彼女なら、私たちの活動にも賛同してくれそうですし……漆黒の衣装についても、進捗を聞くことができます」
先日頼んだばかりだ。大きな進展は期待できないが、様子を見に行く価値はある。
情報は、早い段階で握っておくに越したことはない。
「それから……奴隷商で行われる闇オークションですが」
地図を思い浮かべながら続ける。
「内部を見た限り、会場は地下にある可能性が高いですね」
「私も、そう思いました。外で開催するには危険ですし、オークションに参加する貴族たちの護衛が一人という条件も不自然です」
少し考えてから、リュミエルが付け加える。
「奴隷は……奴隷の中に隠した方が、目立たないかと」
「その通りです」
思わず、口元が緩む。
「リュミエルも、だいぶ分かるようになりましたね」
「……そんなことわざがあったのを、思い出しただけです。それよりも、私は奴隷商に渡したお金の額が気になります」
「……心配してくれて、ありがとうございます。ですが、計算の上ですよ」
私はリュミエルに優しく微笑んで続き話す。
「渡し過ぎだと思わせたかったのです。そうでなければ、あそこまで踏み込んだ話は出てきませんそれと、お金は戻ってきます。でも、機会は戻りません。今回は機会を買っただけです」
リュミエルの言いたいことはわかる。
あの金は税金やお布施など、国民から巻き上げた金だ。それを金の価値を知らないような使い方をしているのだから、何を言われても仕方がない。
「ソルフィーユ様は何歩も先を見ているのですね」
「それもありますが、金など道具に過ぎません。使わなければ価値が無いのと同じです」
この世界の人々も同じだが金は大事だ。サイファ自身、金には興味が全くないが、ソルフィーユのように自由にできる金があるのは時として武器になる。
使えるのであれば有効に使うべきである。
「わかりました。お金については経費で処理します。しかし、無駄遣いは駄目です」
「はい。無駄遣いはしません」
リュミエルと私の金銭感覚に違いはあるにせよ、情報や地位を金で買えるなら安いし難易度は低い。積極的に金を使うべきだ。
それにしても、今回のオークション、何か匂う。
何か見落としている点はないか? 上手く事が進み過ぎているような気がする……。
準備期間は短い。
今は目の前のことに集中し、ミスをしないよう念入りに準備する必要がある。
闇の中へ踏み込むための歯車は、静かに噛み合い始めていた。
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