第9話 掃除当番での苦労

翌日、放課後。

校舎全体が部活へと向かう生徒たちの活気に包まれる中、蓮と葵は、今日の掃除当番として、昇降口脇の掃除用具入れの前で立ち止まっていた。担当は昇降口から体育館へと続く長い廊下。



「今日は手分けして終わらせちゃおう!」

葵が元気よく提案する。彼女はすでに腕まくりをして、やる気満々だ。



蓮は掃除用具入れの中を覗き込み、表情を険しくさせた。中には、何年使われているのか分からないような、黒ずみやカビのような染みが浮き出た雑巾が積み重なり、バケツの内側はヌメっとしているように見えた。共用のほうきは穂先がばらけており、至る所に砂埃や髪の毛が絡みついている。それらの道具から発せられる微かな臭いが、蓮の神経を逆撫でする。




「葵、そのバケツ……」蓮は喉の奥で言葉を詰まらせた。とても触れる気になれない。



葵はすぐに蓮の表情から彼の深い懸念を察した。彼女は決して蓮の体質をからかったり、責めたりすることはなかった。



「これ? 平気だよ! 私がバケツとモップ使うから」



葵は笑顔で、最も使い古されたバケツを手に取った。彼女は潔癖症ではないが、決して綺麗とは言えない道具に触れることに抵抗がないわけではない。それでも、蓮の負担を減らすためなら、厭わなかった。



「蓮は窓拭きお願いできる? 廊下の窓ガラスは比較的きれいだし、使う道具もそんなに汚れてないと思うから。雑巾は新しいの探してみるね!」



葵の機転と、彼女の提案が自分にとって最も負担の少ないものであることに、蓮は心底感謝した。



「分かった。ありがとう」



蓮は少しだけましな、まだ白い部分が残っている雑巾を選び、水道で念入りに洗い、黙々と窓を拭き始めた。冷たい水道水で濡らされた窓ガラスは、彼の心の温度を少し冷やすようだった。



一方、葵は汚れたバケツに水を汲み、モップを使いこなし、テキパキと廊下を掃き、水を流して掃除を進めていく。彼女の手際の良さは、いつもどこか緊張している蓮には眩しく見えた。



「蓮は本当に丁寧だね」

葵が窓拭きをする蓮を見て微笑む。



「窓がピカピカになってる」



「……ありがとう」蓮は照れながらも、窓に残った水滴を丁寧に拭き取っていく。



二人の連携プレーで掃除は思いのほか早く終わった。



「終わったね! 私が道具を片付けてくるから、蓮は先に手洗ってていいよ! あと、窓拭きお疲れ様!」



「……いつもごめん。助かるよ」



蓮は、自分ばかりが「楽」をしている状況に、少しだけ自分の無力さを感じていた。いつも葵に頼ってばかりだ。でも、葵の隣にいると、なぜか心が落ち着いた。彼女は決して、絶対に蓮の体質を責めたり、面倒くさがったりしなかった。




蓮は一足先に水道場へと向かい、石鹸で手を三度洗いしたが、少しまだ気が済まなかった。何十回も洗い直していて、しばらくすると、ようやく、清潔になったと捉えたのか、洗い終わる。清潔になった自分の手を見つめながら、彼は心の中で「いつか、葵が嫌がることを、俺が代わりにできるようになりたい。」と強く願った。その願いは、彼の中で少しずつ明確な目標へと変わっていく。



掃除用具入れから戻ってきた葵が、「さ、帰ろう!」と笑顔で声をかける。蓮はその笑顔に頷き返し、二人で昇降口へと向いながらずっと連は、持参していた、消毒液で手を消毒しまくってたのだった。廊下には、夕日が長く影を落としていた。

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