クリーン・キャンバスと隣の君
夏山 瀬那
中学編 距離を測る日々
第1部 1年生:新しい境界線
プロローグ 境界線の始まり
僕の世界は、二つの領域で成り立っている。
「清潔な領域」と、「汚れた領域」。
その境界線はあまりにも明確でそして残酷だ。僕が触れることができるのは、消毒され尽くした自分の持ち物か、新品の物だけだった。
不特定多数の人が触れたもの、埃っぽい場所、そして——他人。そのものに抵抗があった。
小学生の頃、僕はみんなと少し違っていた。教室の隅で絵を描いているのが好きで、服を汚す遊びには参加しなかった。それが気に入らなかったのか、ある日、僕のノートに泥を塗りつけ、「こいつ、汚いもの触れないんだぜ」「触ると移るかもな」と囃し立てられた。その日から、彼らの言葉は僕の心を蝕み、世界は灰色に塗り変わった。極度の潔癖症。
それが僕、高遠蓮(たかとお れん)だ。
でも、僕の世界には唯一の例外がある。隣の家に住む幼馴染の桜庭葵(さくらば あおい)。
彼女はいつも明るく元気で、僕の境界線を笑い飛ばす。僕が除菌シートで手を拭いている隣で、平気で砂いじりをした手で僕の肩を叩いてくる。普通なら僕は悲鳴を上げて逃げ出すところだが、葵だけは違う。彼女が触れた場所は、不思議と「清潔な領域」に分類されるのだ。
「ねえ、蓮。いつになったら私と手、繋いでくれるの?」
中学の入学式の日、隣を歩きながら葵が笑った。僕は少し顔を赤くして、持っていたハンカチを握りしめた。
「……まだ、無理」
僕の心は彼女を求めているのに、体が拒絶する。このジレンマを、葵はまだ知らない。
これは、潔癖症の男子と彼に触れたくて仕方がない女子が、中学3年間、高校3年間の6年間をかけて、透明な境界線を乗り越えていく物語、僕の真っ白なキャンバスのような世界に君という色が塗られていく、始まりの物語。
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