ショートショートをね、書きます。
人生楽しみたい
半紙! 半紙! 低学年!
字が汚い奴にはなるべく書かれたくないから、これまでずっと他の紙を犠牲にしてきた。
私は半紙として生まれて一年ほどしか経っていない。が、墨で文字を書かれることは死と同じ意味になるから、私はせめて字の綺麗な人に「飛翔」と書かれて死んでゆきたい。
けどその願いも今日で終わりだ。小学校、書き初めの日。よりにもよって私は書道経験者ではなく書写止まりの子供に書かれる運命となってしまった。
しかも、その子供というのが一年生だそうで「飛翔」だなんて書けるはずもない。それどころか乱暴に落書きされて捨てられそうな気さえする。
……あたりが暗い。おそらく箱の中なのだろう。本番用紙の。
「ねえ」
声がした。あるはずもない耳を澄ますと、どうやら私の一枚上の半紙が喋っているようだった。
「何?」
私は咄嗟に反応していた。
「私たち書かれるんだよね。外にいる子たちに」
「……うん」
沈黙が流れる。ただでさえ狭い箱の中がより窮屈に思える。
先に喋り出したのは一枚上の半紙だった。
「楽しみだなぁ! どんなふうに書いてくれるんだろう!」
「……え?」
一瞬、言っている意味がわからなかった。
「『りんご』とか『もり』とか可愛らしい文字で書いてくれるのかなぁ。それともはしゃぎ回って絵を描いてくれるかも!」
「……」
「ねえねえ。あなたは楽しみ? あの子たちに書いてもらうこと」
答えが出なかった。まさか失敗してせっかくの命を台無しにするかもしれないのに、この紙にはそんな感情なんてひたすらなかった。
ただ、純粋に書かれたいという思いでいるような───
「君は、もしも外にいる子たちに無茶苦茶に書かれて、そのまま捨てられたらどうするつもりなの?」
気づいたら、聞いていた。
「どうしようもないよ。でも、無茶苦茶に書かれたって書いた子にとってはいい出来だ。とか思うかもしれないじゃん。そう考えるとね。書かれる恐怖なんてこれっぽっちもなくなっちゃうんだよ」
「……本当に?」
「本当だよ。本当。一度きりの半紙の人生なんだから書かれることを精一杯楽しまなきゃ」
その時、明るい光が差し込んできた。
一枚上の紙は名残惜しそうに私に向かって言った。
「じゃあ私はこれで。いつか半紙として生まれたならまた薄暗い箱の中で会おう」
「あ……あ」
別れの言葉を言う前に、あの紙は児童に取られ、姿を消した。
一枚ポツンと取り残された私は明るい蛍光灯の光を浴びながら、児童に取られるのを待つこととなった。
あの紙に影響を受けているのだろうか。私自身、少し胸が高まってきた。
「あーやばいやばい。いいのができないよ」
授業終了まで残り三分、ある男児は頭を抱えていた。
「あ、半紙無くなっちゃった」
男児は教卓へと向かう。そしてポツンと残された一枚の紙をとり、机に置き、筆を走らせた。
書かれたのは、見事な「飛翔」だった。
男児は筆を置き、教師へ自分の作品を自信満々で見せに行った。
「できたできたー!」
教師は驚き、まじまじと作品を見つめた後、ふとおもむろに呟いた。
「これ、練習用の紙だけど……」
お わ り
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