第4話大切な友

 よく晴れた日の昼下がり。2人の小学生がサッカーボールを蹴り合う。


 茶髪の活発な少年が、黒髪のあどけない少年にパスをした。


 ボールはスムーズに軌道に乗る。


「なあ、悠大!」

「…!どうしたの?竜哉りゅうや

「サッカー!おれ達で日本一…いや、世界一…目指そうな!」

「うん!!がんばろう!」


 2人の目は輝いていた。それはもう曇りなき、純粋な瞳だった。


 そうして、ゴールを決め、2人は手を青空に掲げた。


 遠く、遠く、遥か彼方のまだ見ぬ世界まで届くように。


 ―――おれ達は最強のコンビだ!!






 ―――サクっ。


 目玉焼きが乗っかった食パンを頬張る。


 時間は朝の7時30分。学校に行くのにまだ時間があるので、ゆっくりと食べている。


 ベーコン入ってないや。今度、言ってみるか。

 そう考えながら食していると、


「悠大!」


 何処からか父さんが俺を呼ぶ声が聞こえた。口いっぱいにパンを詰め込みながら横目を向ける。


 その父さんの手には、電話の受話器があった。


「竜哉くん、覚えているだろう?」


 竜哉。その名を久々に聞いた。


 竜哉とは、母さんが生きていた頃に出会った同級生だ。サッカーが好きなヤツだった。あの時は、2人して毎日サッカーしていたもんだ。


 友達…だったと思っていたのかもしれない。


「その竜哉くんから電話だよ。」

「…いないって言っといて。」


 俺はそのまま、食パンを頬張った。


 父さんは困り顔していたが、了解して受話器に耳を当てる。


「ごめんね。悠大もう学校行ってしまったんだ。」


 少し、心臓がちくっとする。


 うん、うん、と何回か相槌をしていた後、


「…わかった。伝えておくよ。」


 と言い、電話を切っていた。


 くるっと俺のほうに振り返り、電話の内容を教えてくれた。


「竜哉くん、サッカーのインターハイに出るそうだ。サッカー、続けていたんだな。大会まで行けるなんてすごいよ。それで悠大も、応援に来てほしいって。」


 サッカーのインターハイ……?


 アイツ、まだ夢を追っていたのか。確かに才能あったもんな。コントロールに関してはピカイチだった。


 対して俺は、もう辞めた身だ。観戦なんて出来るような価値も無い。


「……行くわけないだろ。」


 やっと食パンを食べ終えた俺は、牛乳を一気飲みして、その場にあるリュックを担ぎ、学校に向かった。






「そういえば本橋くんって部活入ってなかったよね?」


 前の席に座っている川谷が俺に話しかける。どうやらこの学校は部活動強制らしい。


 だからといって、何処に入るのかも見当がつかない。自分の得意なことってなんだ…?


 川谷は、うーんと悩んでいる俺の顔をじっと見ている。


「…決めてないならよかった。じゃあさ、良ければなんだけど、サッカー部とかどうかな?」


 ……は?


 俺はキョドってしまった。昔やってたことバレたのか?


「あーいや、俺もサッカー部なんだけどさ。この前の体育でサッカーしただろ?その時、丁度先輩が見てたらしくて。そのプレーが先輩の頭から離れないっぽいんだ。それで、クラスメイトですよ〜って言ったら、是非とも欲しい人材だ、入部させてほしいって頼まれたんだよ…。」


 なんとも、自分勝手な先輩だ。


「答えは後でもいいから!」


 そう言った川谷は、向こうからひたすら呼んでるギャルの元へ席を外した。


 今朝といい、なんでこうも同じ単語を聞くんだ。もう、やらないって決めたのに。


「サッカー部入らないの?」


 いつからいたのか、隣の席の海藤に話しかけられた。


「あーごめんね。今の聞いちゃってた。」 


 俺は頬杖をついたまま、視線を逸らす。


「本当に悠大くんってサッカー上手だよね。チームとか入っていたの?」

「……いや。」


 俺は完全に顔を廊下側に向ける。


「そう…なんだ。あ、これ、触れちゃいけない話なんだっけ…?お母さんとの思い出もあるみたいだし…」


 …はぁ〜〜。

 ったく、なんなんだよコイツは。


 そうわかっているなら、思ってるのは勝手だが、口には出さないでおいてくれ。


 俺はそのまま無視を決め込んだ。






 下校中、住宅街を歩いていると、小さな紙を片手に持って誰かを探している他校の男子が道路の脇に立っていた。


 見たことの無い制服を着ているが、それが誰なのかは一発でわかった。


 ……竜哉だ。


 きっとその紙は、父さんがコイツに住所を送った時のメモなのだろう。引っ越し前の県からすごく遠い場所だから、ここにたどり着くまでとんでもなく時間が掛かったハズだ。


 なんで、わざわざこんな所まで…?


 一点をずっと見ていた俺に竜哉がやっと気が付いた。


「ゆうだ~い!やっと見つけた〜!!電車で4時間もかかっちゃって、お前ん家マジ遠くね!?」


 昔と変わらないな。


「なんでこんな所まで来たんだ…?」

「朝、電話掛けても出なかったろ?だから来た!!」


 満面の笑みでピースを作り、目線ギリギリの所まで伸ばしてきた。


 なんという行動力…。

 そういう所もコイツらしい。


「…ここじゃあなんだし、近くに公園があるんだ。行こう?」

「おう!」






 公園のベンチに竜哉がすとんと座った。


「どこもあっついなぁ。」


 服をパタパタと扇いでいる。

 季節は夏。生温い風に揺れてざわめく木から蝉の大合唱が聞こえていた。


「…はい、竜哉。オレンジ。」

「サンキュ。」


 竜哉にジュースを手渡したあと、隣に座る。

 冷たい感触が両手に残っていた。


「悠大も飲まねぇの?暑くね?」

「…俺はいい。学校で飲んだし。」

「あ~金欠?なんか悪ぃな。」

「せっかく来たんだ。それに帰りの運賃もあるだろ。奢るよ。」

「やっさし〜!ぜんっぜん変わってねぇな!!」


 それは竜哉が昔と同じように接してくれるからだ。


 話し方もどこか居心地が良く、会話のテンポ感も何一つ変わらない。

 竜哉は変わっていない。


 変わったのは……俺だ。


「…なぁ悠大。サッカーって今でもやってるか?」

「……。」

「学校行ってたから知らなかっただろうけど、俺サッカーのインターハイに出るんだ。そこで優勝して、夢に近づくんだ…!」


 夢…。


「サッカー、お前もまだやってるなら俺らライバルだよな…。なんか複雑だ。」


 頭を掻きながら竜哉ははにかむ。


「へへっ…。この数年でどれだけ上手くなったか見せてやるよ!俺、絶対お前よりも上、いってるからな!!」

「……辞めた。」

「え…?辞めたって…?」


 まずい。本音がついボソッと声に出てしまった。


 だが、もう後には引けない。 


「高校に入ってからそういうのきっぱり辞めた。今はサッカーしてないよ。」

「なんでだよ?中学までは頑張ってきたじゃんか?世界一のサッカー選手、目指すんだろ!?」

「そんなのもういいって。全部諦めた。」


 頑張っても意味が無いことに気づいたんだ。中学まで続いたのは奇跡に過ぎない。


 ふと横を見ると、竜哉はくしゃあぁと顔を歪ませていた。


「どうしちまったんだよ悠大…。」


 いきなりガッと胸ぐらを掴まれた。相当頭にきているみたいだ。


「昔はそんなんじゃなかった!!お前そんな軽く考えてサッカーし続けてたのかよ!!」


 ……。


「俺は違う。こっちは本気なんだよ。本気で世界目指してるんだよ…。」


 その瞳は真っすぐに俺を見つめている。


 まったく曇りがなく、夢と希望でいっぱい溢れているような。 


 何も言えなくてだんまりしている俺から手を離した。


「お前がそうなったんならもう、いい。今日は応援してほしくて来たけど、今のお前に応援されたくない。」


 竜哉は捨て台詞を吐き、俺を置いてベンチから離れる。


 ザクザクと足を地面に叩きつけるように歩く。


 対して、俺はベンチから腰を離せずにいた。


 わかんねぇよ…。だったら俺はどうすればいいんだよ……。






 15分程時間が過ぎた後、やっと、重い腰を上げた。そして気力が無いまま、家の近くにまで歩いた時、知った声が聞こえた。


「悠大くん?どうしたの、いつもより様子が変だよ?」


 海藤が走り寄ってくる。


 無理だ。もう駄目だ。


「本当、わかんねぇよ…。どうすりゃよかったんだよ…!!」

「ゆ、悠大くん…?」


 やばい……。他人の前なのに言葉が、止まらない。


「もう叶うハズが無い約束なのに!意味の無い約束なのに!!それを俺が果たす価値があるのか?」


 母さんと竜哉の顔が交互に頭に浮かんでくる。


 夢を持ち始められたキッカケは、ただ母さんの喜ぶ姿が見たいが為だ。


 そこに竜哉が入ってきた。


 そして、流れで2人でプロになろうってなったんだ。


 そもそも、サッカー自体も嫌いじゃないけれど好きでもなかったんだよ。


 楽しかった、なんて……!


「……。なんかよくわからないけど、」


「悠大くんのやりたいことをやればいいなって私は思う。」


 ………。


 俺の……、

 やりたいこと……?


 俺がやりたいことは…………。






「川谷。」


 次の日になって、教室で俺は声をかけた。


「ん?本橋くんどうしたの?」


 俺がやりたいこと。少しだけ恥ずかしいが、そのためにはコイツの力が必要だ。


 ゴクンと唾を飲む。



「あのさ、入部の件なんだけど―――。」



 教室は辺り一面に、夏の日差しが広がっていた。
















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