第3話忘れられない過去

 昨年、5月――――。


 お父さんがお仕事に行こうと、玄関で靴を履いていた。


 今日は年に一度の大事な日。見送りしようときた私はお父さんに話しかける。


「お父さん。今日だよね、誕生日。プレゼント何がいい?」

「う〜ん、そうだな。美羽がくれるものだったらなんでも嬉しいぞ!」

「え〜、迷うなぁ。」


 隣に居るお母さんもニコニコしている。

 いつもの家族の空気。

 ご近所さんによると、私達家族は、すごく仲が良いみたい。

 そうかな?こういう空気が普通だと思うな。


 そして、ガチャッとドアが開く。


「じゃあ、なるべく早く帰ってくるから。いってきます。」 

「気をつけてね!」


 車が行くまで手を振った。


 姿が見えなくなったとき、お母さんと私は、振り返り、リビングに戻る。


 あれが、お父さんとの最後の会話になるとは、思わなかった。




 それから夕方。いつも、お父さんが帰ってくる時間だ。


 プレゼントを買ったばかりの私は、リビングのソファでそわそわと帰りを待つ。手に持っているプレゼントは、ボーダー柄のネクタイだ。


 喜んでくれるかな。

 使ってくれるかな。

 早く帰ってこないかな……。


 すると、プルルルと固定電話が鳴った。夕ご飯を作ってる最中のお母さんが、慌てて電話を取る。


 電話…誰からだろう?


「もしもし……はい。」


 話し方的に他人からだ。なら、関係ないか。


 お父さん遅いなー。いつ、帰ってくるのかなー。

 すると、お母さんが驚いた声を出して言った。


「え…!?詳しくお願いします…!!」


 ……?


 お母さんは電話を終えた後、私のほうを振り返った。

 それはとてもすごい形相だった。


「どうしたの?お母さん」

「美羽。よく聞いてね。」

「う…うん?」

「お…お父さん。お父さんがね、交通事故に遭ったって……」






 交通事故……。


 それは寿命や病気に関係無く、誰もが急になりえるものだ。俺でも十分に知っている。

 …亡くなったって事は相当な事故だったんだろう。


 自分の席で聞いていた俺は唖然となる。

 海藤もこれ以上喋りたくないのか、黙り込んだ。


 そして、涙を流しながら言葉を紡ぐんだ。


「…つらいのは悠大くんだけじゃないんだよ…?私もそう。苦しかった。寂しかった。だから、同情なんかじゃ…ないよ。」


 ……。


「悠大くんの気持ちがすごくわかるの。一緒なんだなって。今まで気がついてなくて、不謹慎なこと言ってごめんね。私、力になりたい…。」


 海藤の目から大粒の涙が大量に零れ出る。


 そんなに泣かなくても…。俺は無意識に、右手が海藤に伸びる。


 すると、ふと声が聞こえた。


「あー!見てスバルぅ。あの子、泣かせてちゃってるよ〜?」


 教卓の横に川谷とギャルがいた。2人とも俺を見ている。


「ね〜?やっぱりアイツは酷いヤツなのよ〜。スバルも関わらないほうがいいわよ。」

「や…やめろよ。そんなこと言うの。」


 開いた右手を硬く閉じる。


 なんだよ。励まして何になるんだよ、俺。


「…で?そんなに俺の気持ちがわかるんなら、話しかけんな。」


 そう言って教室を出た。






 ―――去年お父さんを亡くしたから。


 海藤に言われたことを思い出しながら廊下を歩く。去年…。去年ってこの間じゃないか。


 対して俺は8年だ。8年間も会えていない。それ程までに年月が違うというのに、簡単に俺をわかった風にしてんじゃない。


 曲がり角に差し掛かろうとした時、後ろから川谷が走ってきた。


 今度はお前か。


「本橋くん、待って!由美があんなこと言っちゃってごめん…!俺はそう思ってないから。」

「……で?」

「え……。」


 冷たく聞き返すと、川谷は言い方を考えてるのか目を背けた。


「あ、いや…。謝りに来ただけで……」


 初対面でも思ったが、どうもコイツは押しに弱いらしい。


「ふーん。それだけ、ね。大きなお世話なんだよ。」

「あはは…。だよね。それでも、俺はわかっているから…。本橋くんはとても良いヤツなんだって。さっきもだってそうだ、海藤さんを励まそうとしたんだろ?」


 そんなの知らない。

 俺じゃない。

 変なことを言うな。


 早歩きでその場を去った。


 生徒玄関口に設置してある自動販売機で、オレンジのジュース缶を買った。たまに、酸っぱいものが欲しくなる。


 機械から落ちてきた缶を、手に取る。 


 どいつもこいつもわかる、わかるって何がわかんだよ…。

 俺に構っても何も得しないだろ。意味わかんねぇ…。


 教室に戻る途中、廊下の窓から中庭を挟んで教室があるのだが、そこには、まだ泣いている海藤がいた。


 ……。


 ……。


 …ちっ。


 俺は踵を返し、自動販売機で今飲んでいるのと同じメーカーのジュース缶のボタンを押した。






 室内に入ると、ぐすぐすとまだ泣いていた。泣きすぎて目の周りが赤く腫れていた。


 周りのヤツらも、海藤のほうをじっと見ている。


 この状況は流石に問題あるだろう。


 俺はそのまま、海藤の机の前まできた。


「いつまで泣いてんだよ。」


 コツンと、机の上にジュース缶を置く。海藤はそのジュースを見ると俯いた顔を上げ、俺のほうを向いた。


「…あの、これって?」

「さっき買った。やるよ。」

「……でも、」

「貸しはいらないから。」


 そう言うと、理解していない顔をしていた。

 こういう時は、黙って貰うもんに決まってるだろ…?


 俺は気まずくなって、自分の席に座った。その間も、一部始終見つめられた。


 そして海藤は自分の涙を拭き、ふふっと笑った。


「ありがとう!」


 その健気な笑顔に俺は顔を背けることしか出来なかった。


「えへへ。逆に励まされちゃった。私、悠大くんの力になりたいって思ってたのに。」

「いいんだよ、そんなのならなくて。8年も前だから覚えてないし。」


 母さんに失礼な言い訳をしてしまった。






 悠大くん、そんなこと言ってるけど、絶対に覚えているよね。忘れる訳が無い。


 この思いは8年でも、10年でも、100年経っても、ずうっと心の中に残り続けるよ。


 だって、大切な人との最期の思い出だから。

 だから私は悠大くんの心の支えになりたい。




 いつかあなたを救いたい――――。











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