僕ではない僕
@yodaka_yukimichi
僕ではない僕
そいつとは面白いくらいに馬が合った。
当然といえば当然である。そいつは、僕の遺伝子から造られた、もう一人の僕なのだから。いわゆる、クローンというものである。
世界では――特に倫理観が重視される日本という国においては――まだ、クローン技術の研究は進んでいるとは言い難い。特にクローン人間の作成は、法律で厳しく禁じられていることもあり、まだスタートラインにすら立っていないと言っていい。
ただ幼い頃から自分のクローンと育ってきた僕にしてみれば、なぜこんなに素晴らしい研究をどんどん進めないのか、と甚だ疑問だ。
「タツ、ゲームやろうぜ」
ノリがそう声をかけてきた。ノリというのは、僕のクローンの名前だ。同じ名前では呼び合うときに不便なので、タツノリという名前を分解して、僕がタツ、クローンのほうがノリということにしている。
城戸辰徳、というのが僕のフルネームだ。
名前の由来は知らないけど、原辰徳だといいなあ、と思っている。
「僕、パワプロやりたい」
「いいね。僕も同じ気分。プロスピより、パワプロって気分」
そんな細かいところまで、僕とノリは合う。
趣味は野球観戦とゲーム。好きなチームはホークス。父はジャイアンツのファンだったが、僕たちは二人揃って――二人という表現が適切なのかはさておき――ホークスにのめり込んだ。好きなゲームジャンルはアクション。対人戦は苦手だから、気心の知れたやつとしか対戦ゲームはやらない。というより、ノリとしかやらない。
僕たちはコントローラーを持ち、ゲームを始めた。
ゲーム内のキャラクターが白球を投げ、打ち、土のグラウンドを走るさまを眺める。
僕には友達がいない。
できないわけではない。学生生活は人並みに充実していたと思う。中学から大学まで野球部としてチームメイトと絆を深めたし、大学のチームメイトとは卒業旅行でハワイにも行った。地元の中小企業に就職し、積極的とはいえないまでも、それなりに付き合いも経験した。飲みに行ったり、ゴルフに連れて行ってもらったり、キャバクラにも行った。彼女だって学生時代はいた。
しかし、僕が抱く感想は、「なんか違うなぁ」。それに尽きた。
つまらないわけじゃないし、話が合わないわけでもないけれど、どこかが決定的に合わない感覚。他人なのだからそれが当たり前なのかもしれない。けれども僕には、ノリという最高の相方がいるから、そのズレはどうにも気持ちが悪かった。
だから今の僕は付き合いは最低限で、ノリとの時間を何よりも優先している。
ゲームの中の試合は七回ウラを終えて5対5。ゲームセンスまでまったく同じである。いつも拮抗するから、ノリとのゲームは面白い。
僕がリリーフの投手選びに悩んでいると、ノリが声をかけてきた。
「タツ、明後日の試合、行っていいよ」
「え? ノリの番だろ」
僕とノリはプロ野球の試合観戦に交互に出かけている。贔屓のチームのホーム球場が近いのだ。明後日は、ノリの番だった。
「そうだけど。ちょっと、やりたいゲームあってさ」
「ふうん。一人になりたいってことか。そうか。なるほど」
僕はにやりと笑った。きっといいAVでも見つけたから、一人オナニーに勤しみたいのだ。僕もそういうときがあるから、よく分かる。
「タツが思ってるようなことじゃないよ」
「そういうことにしておく」
「……まったく」
ノリは苦笑したが、その顔色にどこか悲しげな色があるように思えた。しかし、すぐにそんな気付きはどこかへ行ってしまった。リリーフピッチャーは藤井にしよう、という閃きが降りてきたからだ。
その閃きが嵌り、僕はノリとの接戦を制したわけだが、そんな閃きなどは降りてこないほうが良かったのかもしれない。
そうしたら、僕はノリの表情に滲んだわずかな悲しみの色を、問い詰めていたかもしれなかったのに。
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