おしまいから書く物語

アイデイア

第1話 ポケットにしまった何か

「これから面接を始めますね」


彼はそう言って手に持っているものをポケットにしまった。


「それをしまってほしいの」と彼女は笑わずに言った。


「しまいたくないよ、だってこれをしまっては、

 物語が終わってしまうじゃないか!」

「私は早く終わらせたいの、知っているでしょ?」


一時間、このような堂々巡りの会話が繰り返されていた。

両者に焦りの顔は見られない。

何故ならば、それ自体を楽しんでいるかにも見えた。

何がそんなに楽しいのだろうか。


「これが普通?私には異常だわ......なんていうか・・・優しいのね」

「そうかい?これは俺の中では普通だよ」

「可笑しくて笑いがとまらないんだけどっつあはは」

「君そんなにおかしいかい?」

「あはあっはははは、はあ、はあ、は~あ、はーあ」

「そんなにツボなの?」

「笑いが止まらなくてあはははっつ」


―――彼は、自身に似合わない端整な顔と正反対の、可笑しな変装眼鏡をかけた。こんな都会の真ん中のお洒落なカフェという場所で。正気なのだろうか。

店内にはその洗練された雰囲気に合った音楽が微かに流れている。

彼女にはミスマッチという言葉が浮かんだけれど、

これが俗にいう「逆燃え」なんだということに気づいたのであった。


「ギャップ萌えだよ」


―――えっ。言葉にしてないんだけど。

「しかもその言葉は、もう古いんだよ」


―――誰と会話しているの?私は一言も発してないんだけど。

「君、どんだけ後れてるの?まあいいさ。君はこの後大いに笑うのだから」



就職面談予定に遅れてしまった。遅れた理由は電車の遅延---

遅れるという連絡はしたけれど、遅延の理由を考えてしまう彼女であった。


「私は笑わない女っていうので有名です」


開口一番そのセリフを彼女は発したのであった。

今日は就職面接に来た。なぜか苦手な接客業を選んでしまった。

それは、友人の紹介だった。

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おしまいから書く物語 アイデイア @aidia

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