遣らずの雨

暦海

第1話 奇怪な能力

「…………雨、ですね……」



 空が疎らに灰色を帯びる、ある夕暮れのこと。

 木組みの格子から、ぼんやりと外を眺め呟く私。視界には、ポツリポツリと落ちる雫。そして、それは次第に量を、速度を増し、ついには土砂降りに……まあ、これは恐らく……いえ、間違いなく自然の現象でしょうけれど。今、私にとって降雨それを願う理由など何処にもないはずなので。


 さて、何とも不可解なことを申していると自認はしていますが、これは言葉の通り。心から強く願いさえすれば、自身の意思にて雨を降らせる――どうやら、私にはそのような奇怪な能力ちからが備わっているようでして。




 最初は、七年ほど前――間もなく、10歳を迎える頃でした。その年、偶然訪れた里の農家にて甚く深刻……いえ、ほとんど鬱に近い表情をなさっているご家族の姿を目にしました。お話を聞くに、例年にない日照り続きにて深刻な不作に陥っているそうで。見ず知らずの方々とはいえ、そのような悲痛なお姿に私までも心が痛み、無駄と知りつつも一心に祈りました。……どうか、どうかと。



 すると、不思議なことが。なんと、それからほどなくポツリポツリと空から粒が……そして、ややあってその量は大いに増し瞬く間に田んぼは潤いを取り戻し――何とも衝撃の展開に、ご家族も私も唖然とするばかり。それでも、ややあって先ほどのご様子が一転、皆さん歓喜のお声を――ともあれ、私までもが心から歓喜の念を覚えたことを今でも鮮明に覚えています。



 ……ですが、流石に偶然でしょう。ほどなく雨が降る頃合いに、偶然にも私が祈りを込めただけ――よもや私のもたらした結果などと、そこまで思い上がっているつもりはありません。


 ですが、そのような現象ことはその後、一度や二度ではなく。明確な数こそ覚えてはいませんが、逆に申すと容易く数えられないほどには幾度も……少なくとも、全くの偶然で片付けられる度合いを優に越えていて。


 なので、烏滸おこがましいとは思いつつも認めないわけにはいきませんでした。心から強く願うことで雨を降らせる――私には、そのような奇怪な能力ちからがあるのだと。




 ですが、当初は何ら苦痛などありませんでした。この能力ちからが数多の方の一助にでもなったのであれば、私としてはありがたく思うこそすれ疎ましく思う理由などあるはずもないのですから。



 ところが、それから数年――その評判が里を、町を越え伝播していったようで、もはや応対しきれないほどに数多の方が私の下を訪れるようになりました。当初抱いていた数多の方のお役に立てる喜びは、いつしか耐え難い重荷となり私の心にずっしりとのしかかっていきました。


 そして、重荷それは私だけでなく両親にも。そして、いつしか耐えきれなくなったお二人はある朝にて出立――どうか戻って来てと心から強く願いつつも、格子越しに遠ざかるその背中をただただ見送ることしか出来なくて。




 それからほどなく、私は生まれ育った地を離れることに。以前、例の能力ちからにて雨を降らせたことで私に恩を感じてくださっている一組のご家族が、独りになった私のため例の評判の届かない地――今やもう、ほとんど人も住んでいないこの小さな村に住居を用意してくださったためです。そして、更には私が生活には困らぬよう定期的に十分な食料を送ってくださるという心深き施しまでも……本当に、ご恩を申し上げるべきは私の方で。


 そのような事情にて、一人になって早五年――本当にお陰さまで、何一つとして支障なく生きてきました。そして、きっと今後もずっと――



 ――コンコン。



 すると、ふと微かに扉を叩く音が。何方どなたかはもちろん不明ですが、この雨ですしその目的なら大方察せられます。ともあれ、すぐに参りますと告げ玄関の方へ。そして、徐に扉を開くと――


 

「――突然の来訪、申し訳ありません。私は、翠明すいめいと申します。可能であれば、一晩泊めていただきたく存じます」



 そう、藁の傘を片手に柔らかな微笑で口になさる男性の姿があって。







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