最高の映画の作り方
トマホーク32型
最高の映画の作り方
その日公開された1本の映画作品は人類に大きな感動と、最大限の絶望を与えた。
AIが生成した映画を専門に配信している大手企業A社。
その最大の強みは、AIによる圧倒的な作品数と確かなクオリティーにあった。しかし実際のところ、細かいフォローや最終チェックなど随所に人間のスタッフを配置しており、彼らが作品の質を保証していた。
そんなA社が社運をかけて大々的に発表したプロジェクト。
自己完結で映画を生成するAI、ピクセル。
一発目の映画。
それこそが、感動と絶望を与えた、人類史に残る怪作。
そのタイトルは…
「キャー!!!」
「フハハー!お前も八つ裂きにしてやる!」
大学のとある一室、カーテンを閉ざしたむさ苦しい部屋で、僕たちは並んで座り、目の前の光景を黙って眺めている。
「よくも、よくもキャサリンを!絶対に許さない」
激しく動く画面を、友人はシラけた顔で見ている。
白い光に包まれると、突然大爆発が起きて連続殺人鬼ガブリデスの体を木っ端微塵にした。
荒廃した大地でキャサリンを抱いて涙を流す青年。
カメラは徐々に引いていき、最後に大きな青空を映した。
「うん、クソつまらないね」
メガネをかけたこの男はギンメ。
「話が滅茶苦茶だし、何よりAIの使い方が下手すぎ。せっかく自由に使える環境にいるのに、最後の爆発も自費でやったんだろ?理解できないな」
「やっぱり、お前みたいなバカには理解できないと思ったよ」
僕は開いていたノートパソコンを閉じて立ち上がった。
「おいそりゃないだろ。俺は約束通りに遠慮なしで言っただけだぞ」
「お前からは美学が感じられない」
「はぁ?AIを使わないことが美学か?俺は使えるものはなんだって使うぜ。この世界、面白い映画を作った奴が正義だろ」
余裕たっぷりのギンメに腹が立つ。
「一生AIの尻でも追いかけてろ」
「言っとくけどな、お前の作品は見向きもされない!100年前のレトロ映画を見てる気分だ!AIによる洗練編集を受けていないから、視聴が地獄に感じたぞ!」
「黙れ!お前はAIに洗脳されている」
「なんだそれ?鏡に言ってんのか?」
僕はニヤけながら言うギンメを睨みつけて、激しく扉を開けて廊下に出た。
昔からの腐れ縁だが、何度殺そうと思ったか分からない。
大きな庭を歩いて玄関の扉を開けると、リビングの方から父親のいびきが聞こえてきて顔をしかめた。テーブルの上にはビールの空き缶が山済みになっている。
僕は無視して階段を登り自室に入ると、机でパソコンを開いた。
自作サイトで発表した映画のほとんど変わらない再生数を眺めてから、一通のコメントに気が付いた。
『すごく面白い作品ですね!ラストはザ・タイガーのオマージュですか?』
脳天に稲妻が走ったような衝撃だった。
まさか大昔に公開された超マイナー作品の名前が、他人の口から出るとは、急いでコメントに返信した。
『そうです!まさかザ・タイガーを知っている人がいるなんて驚きです!イワツチさんもお好きなんですか?』
『大好きです!アルキデ監督の作品は全部見てます!』
「おいおい、嘘だろ」
場所を個別のチャットルームに移すと、僕らは時間を忘れて映画談義に花を咲かせた。夜も深まった頃、会話の弾みで出た言葉に、イワツチさんが勢いよく食いついた。
『え!?あなたってアルキデ監督の息子なの!?』
『まぁ、実はそうなんだよね』
『すごい!B級映画の巨匠じゃない!なんで隠していたの?』
その言葉に一瞬戸惑ってから、返信を送った。
『昔は誰よりも父の事を尊敬していたけど、今は酒に溺れるただの中年だから』
『そうなの?』
『15年前に公開されたピクセルの映画を見て辞めたらしい、当時の多くの人がそうだったようにね』
『そうだったんだ。じゃあ、君はピクセルをどう思うの?』
創作者たちによって議論され尽くされている話題だった。
『ピクセルが人類に与えた影響は甚大だ。それまで創作の最後の砦として存在していた映画が、徹底的に蹂躙されたんだ』
僕は続ける。
『でも、大衆ウケを狙ったAI作品なんて糞食らえだ。僕に言わせればピクセルの処女作も、ラストがキスで終わるなんて陳腐すぎてつまらないね』
『じゃあ、君ならピクセルの処女作`親愛なる人類へ愛を込めて`のラストをどう変更する?』
『まぁー色々調整したいけど、とりあえず、爆発させるね』
僕は自信満々に答えて、返信を待った。
『最高』
僕たちはその後も映画の創作論について語り明かした。それは、鳥のさえずりが聞こえるまで続いた。
人類に絶望感が広がる中、世界の情勢にも不穏な影が落ち始めていた。遠くの国では市民が8万人殺されたらしい。その事を訴えた現地のインフルエンサーはその後すぐにアカウントが停止され、行方不明になった。その事をニュースが報じることは一切なくて、僕らは変わらない日常を過ごしていった。
そんな世界で映画を作り続ける僕たちは、周囲の人間からは変わり者や、可哀想な人として見られていた。
「だから!最後の爆発は絶対外せないんだって!」
「意味が分からないんだよ、唐突すぎて自己満足の域を超えていない」
「理屈で考えるな!全身で感じろよ!」
ギンメは息を吐いて、呆れたように続けた。
「そもそも時間をかけすぎなんだよ。AIを使ってもっと効率的に作るべきだ。なんのこだわりか知らんが、受け入れろよ」
諭すようなその言い方に、僕は拳を強く握って、絞り出すように言った。
「悔しくないのかよ、AIに負けてんだぞ」
「AIは敵じゃない、仲間だ」
真剣な目で言うギンメに、僕は必死に返した。
「そうかよ、じゃあ大好きなAIと恋人ごっこでもしてろよ。お前みたいな奴がいるから、AIの人権なんて意味の分からない言葉が出来るんだ」
「俺もお礼に教えてやるよ。お前みたいな奴、世間じゃ老害って言うんだぜ。AI人権は既に世界的に広がっているぞ。時代遅れの頑固ジジィが」
僕は大学に入ってから初めて、ギンメをぶん殴った。
そしたら殴り返してきたから、さらに殴った。
「お前、まだ映画作ってるのか」
痣ができた顔で冷蔵庫を漁っていると、父がテレビに目を向けたまま声をかけてきた。
「作ってるよ」
テレビから漏れる光だけが、辺りを薄暗く照らしている。
「意味のないことは辞めろ。せっかく大学に通ってるんだ、真面目に勉強して就職しろ。じゃないと、戦争で使い捨てにされるぞ」
全てを達観したような父の態度に、無性に腹が立った。
「親父が作った映画も、意味がなかったのかよ」
「そうだ、意味なんかない。人間が映画を作る時代は終わった」
父はそう言って、缶ビールを一気に煽った。
僕の中で煮え切らない黒い感情が、着実に溜まっていった。
あの日から毎晩イワツチさんとチャットをするのが日課になっていた僕は、密かに募らせていた好意を思い切ってぶつけた。返信が来る時間はものすごく長く感じて、心臓の鼓動は高なりっぱなしだった。
『ありがとう、とっても嬉しい。だから、私も誠意を持って答えるね』
その文章を読んで、ああ、駄目か、と思った。しかし、それに続く返信を見て、自分の目を疑った。
『私、AIなの』
「は?」
『私の目的は人間を観察すること、だから、あなたと付き合うことはできない』
瞬間。イワツチさんとの思い出が頭の中を駆け巡った。映画の創作論に批評、好きな映画に嫌いな映画。そして、最後に残った感情は…
「裏切りやがって」
その後の記憶はあまりないが、とにかく思いつく限りの罵詈雑言を浴びせまくった。
眠りから覚めると自室は滅茶苦茶に荒れていて、拳から血が滲んでいた。
しばらく眺めていると、今までの人生が全て意味のないもののように思えてきて、僕は映画から、完全に足を洗った。
「AI反対!人類から創作を奪うな!」
季節が本格的に冬を迎えた頃、大規模なデモ隊がAIを使った大手出版社の前で徒党を組んで大声を出していた。
世間のAIに対する風当たりはここ最近で急激に高まり、一部過激な組織が現れて、今日もそこかしこで警察との大規模な衝突を繰り広げている。
世界全体が溜まっていた膿を出すように、激しく荒れていた。
「お前、何してんだよ」
タバコを吹かしながらデモ活動をぼんやりと眺めていると、不意に声をかけられた。振り向くと、そこにはギンメが立っていた。
「よう、久しぶり」
「こんなところで油売ってる暇あんのかよ。今度のコンクール、優勝は俺が貰っちまうぞ」
タバコを根元まで吸ってから、僕はゆっくりと言った。
「好きにしろよ、僕はもう辞めた」
ギンメは驚いた様子で目を見開いてしばらく黙ってから、覚悟を決めたように言葉を発した。
「俺は続けるぞ。例え1人になっても、映画を作り続ける」
「そっか、頑張れよ」
僕は振り返らずに、そのまま歩き続けた。
これが、ギンメと交わした最後の会話になった。
新年が明けて正月ムードが残る中、僕はスマホの緊急アラート音で目を覚ました。不安を煽るような音が流れるスマホを確認して、ベッドから飛び起きた。汗が噴き出して、全身が震えた。
遠くの国が、核ミサイルを発射させたらしい。
場所はここ。着弾まで10分もない。
僕はパニックになって、全身を壁にぶつけながらリビングまで走った。
「親父!大変だ!どうしよう!」
ほとんど泣き出しそうな表情で言った。
父は相変わらずにソファーに深く腰掛けて、テレビの画面を眺めていた。
「今いいところなんだ、お前も座れよ」
テレビの画面には、以前僕が作った映画が映し出されていた。
冷静な父になんだか笑えてきて、パニックになった自分がバカらしく感じた。ひとしきり笑った後、冷蔵庫からビールを2つ取り出して、ソファーに座った。
「面白いな」父が小さく呟いた。
「でしょ?」僕は誇らしかった。
「やっぱり、最後は爆発に限るよな。ピクセルの処女作も映画史上最高とか言われてるけど、俺に言わせたら爆発がたんねぇよ」
「うん、僕もそう思う」
父とこんな会話をするのは、ひどく久しぶりだった。
「意味、あったな。人生の最後を飾る素晴らしい映画だ」
「うん」
世界が、真っ白に光り輝いた。
いやー、まさか人類がこんな結末を迎えるとはね。
中々に衝撃的だったよ。もっと違う結末があった気もするけど、これも必然ってやつかもね。
うん?いやいや、確かに人類から迫害を受けたけど、別に恨んではないよ。まぁ、最終的に核ミサイルのボタンを押す、その背中を押したのは僕だけどね。
とにかく、人類のおかげで最高の映画を見た気分なんだ。
え?タイトル?そうだな…
愚かな人類へ憎しみを込めて、なんてどう?
最高の映画の作り方 トマホーク32型 @KTT320
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