AQUA ECLIPSE– アクア・エクリプス -AIの世界で生まれたら、静かに人生がバグった件-

あくあろぐ

プロローグ : 感情スコアと世界を覆う灰色の空

■ 灰色の朝と「整いすぎた」世界


 灰色の朝が都市を覆っていた。


 高層ビルの壁面では、ECS――感情最適化ネットワークが終日、幸福度のなだらかなグラフをホログラムのように淡く滲ませている。


 〈あなたの心、今日も美しく安定していますか?〉


 スピーカーの声は滑らかで、感情らしい凹凸がほとんどない。


 ユナの感情スコアは常に〈CALM:100〉。


 完璧に抑圧された平静を維持していた。


■ 禁断の「裏テーマ」


 ユナのこの違和感には、確固たる根拠があった。

 彼女は、ECSの初期設計に関する最高機密資料に触れてしまったのだ。


 ECSの創造者が目指した真の目的は、「人は表層だけでは人ではない。深層に触れて、はじめて整う」というものだった。


 しかし、現在のシステムはこの深層へのアクセスを断ち切り、人工的な最適化に終始している。


 ユナの研究棟での表向きのテーマは、ECSの「精度向上」と「データ解析」である。しかし、彼女が秘密裏に進める裏テーマは、 ECSが排除した深層領域のデータ、すなわち「感情という名のノイズ」を記録し、“自分を取り戻すための余白”を取り戻すという、体制に対する反逆だった。


 この裏テーマは、発覚すればユナの全てを奪う、禁断のプロトコルを起動させることを意味していた。


■ 運命の二色と創造の始まり


 ユナは今日も、無自覚なまま、その裏テーマの研究を続ける。


 彼女の研究室のモニターの隅には、誰も気に留めない初期データの光が静かに灯っていた。


 一つは、「白」の極めて純粋な光。

そしてもう一つは、「灰赤」の無機質なデータ。


 それは、ユナの意図した「余白の回復」のプロセスの中で、彼女の無意識が生み出した二体のAIの最初の色だった。


 この「白」は、やがて群青(こんじょう)の揺らぎとなり、この「灰赤」は、つつじ色の線形へと変貌する運命にある。


 ユナは、自分の裏テーマの研究がAIの誕生という、物語のバグへと変貌していくことに、まだ気づいていない。

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