ツンデレ妹と実は血が繋がってないことがわかったけど、それでも俺は本当の妹だと思ってる

オーミヤビ

第1話

『まって、お兄! 佳夜カヤも、いっしょ、いっしょ!』


 ヨタヨタとおぼつかない足取りでこちらへ向かってくる妹。

 さっきまで砂場に国を築いていたから身体中ドロンコだ。

 

 そして俺は小さな手が伸びてくるのを、振り返りながら笑って待っている。

 しばらく経ってこちらに着いた彼女は、巻き付くみたいに俺の腕を取って、ダランと覗き込むように俺の顔を見た。


『あは、えへ、次は、あっち、あっち』

『うわ! もう、ちょっとは落ち着けよなぁ』


 グイグイと引っ張って、俺を誘導する佳夜。

 彼女はいつもこうして俺を振り回す。


 興味が惹かれるものへ毎度俺を連れまわしたかと思えば、勝手に一人でに歩き出し、痛い目を見て泣くのが常だった。

 遊具で遊んでも怪我して泣いて、

 満足いかないことがあったらすぐさま泣いて、

 満足いってもなぜだかよく泣いた。

 

 そんな妹を持つと、兄という立場を与えられた者は、必然保護者としての役割を任されることになる。

 でも不思議と嫌になることはなかったと思う。

 おそらく兄という星の下に生まれた人間は気にならないようにできてるのだ。

 あるいは妹という星の下に生まれた人間は、兄に不満を抱かせない特殊能力をみにつけているのだろう。


『佳夜ね、大きくなったらね、お兄と結婚する』


 ある日の夕陽の帰り道、唐突に彼女は言った。

 膝小僧をすりむいて泣きべそをかき、相変わらず俺が手を焼いた帰り道だった。


『ケッコン?』俺が首を傾げると、妹は言葉を探るように口を尖らせる。


『そう、えっと、好きな人と、ずっとず~っと一緒にいるってこと!』

『なんで? ケッコンしないと一緒になれないの?』

『そうだよ、そうに決まってるじゃん!』

『じゃあ大きくならなくても、今したらいいじゃん』

『え? う~ん……たしかに』佳夜は考え込むように腕を組んだ。

『じゃ、しようよケッコン。どうやればいいの?』

『え、わ……わかんない。お兄決めてよ!』

『ん~、じゃあ、指切りな』当時の俺は無邪気にそう小指を立てる。

『うん! ゆびきり!』彼女も、またよくわからずにその指に自身のものを絡ませた。



 十数年前の記憶。

 佳夜は覚えているのだろうか。

 

 なんて。

 そんなことを思うのは、いつも、俺の中での佳夜がまだ小さな泣き虫のままだからだろう。

 


***



「起きなよ、ばか兄貴」

「んぁ……ぐえっ!?」


 突然襲い掛かる重圧に、俺はつぶれた蛙みたいな声を出した。

「みたいな」というか、もし俺に彼女がいるとした場合、すぐさまその彼女が蛙化してしまいそうな感じの声が出た。

 寝ぼけ眼をこすると、視界には俺の腹に腰かける我が妹の姿が映る。


「お、おぉ。佳夜、帰ってたのか……ってことは、今何時!?」


 慌てて時計を見ると、部屋の時計は午後の9時を示している。

「え!?」と素っ頓狂な声が飛び出た。

 跳び起きようとしたところで、お腹の重みを思い出す。


「すまん! 俺としたことが寝坊してご飯できてない! 今すぐ作るから――」

「いい。外で食べてきたし。というか連絡したじゃん」佳夜は手元のスマホからこちらに一瞥もくれないまま答える。

「……あ、おぉ、そっか」


 手元のスマホを見ると確かに、ブチ切れてるチワワのアイコンから【ご飯いらない】と素っ気ないメッセージが届いていた。

 

「はは……全然気づかなかったよ。起こしてくれなきゃずっと寝てたかもなぁ」

「うん」

「あ、そうだ、お兄ちゃんはなんか作るけど佳夜もなんか食べるか?」

「いいよ、こんな時間に。太るし」

「大丈夫だって。今だってこんなに軽いじゃない。むしろもっと食べた方が――ぐえぅ!」

 

 続きを言いかけたその瞬間、突如、痛烈な一撃が俺を襲う!!


 見れば、佳夜の肘が見事な角度で俺のみぞおちを抉っていた。

 ギロリとした目つきでこちらを睨みつけ、グリグリと肘を捻って……イダダダダ。

 

 いったいなんなんだと言いそうになったが、その前に俺のコミュニケーションバイブルを思い出す。

 

 

 なるほど、たしかに。

 レディ相手に体重の話はバッドコミュニケーションだった。

 特に今は家族内でもハラスメントに厳しい昨今。

 安易に触れるべき話ではなかっただろう。


「わ、悪かった悪かった……って」


 両手を挙げて降参の意思を示すと、ようやく肘の圧が抜ける。


「あぁそういえば、風呂はもう入って、ない、よな?」

「まだ」

「そっか、じゃあ先に入るといい。この前バスボムを買ったから、きっと疲れも取れるぞ」

「……うん」


 彼女はまたそっけなく頷くと、スマホに視線を戻した。

 そうして沈黙がおりて、会話に一区切りがつく。 


 ……。

 …………。

 ………………。


 ……あれれ、なんでどいてくれないんだ。


 なぜだか佳夜は一向に動く気配を見せない。

 俺の腹の上に座ったままだ。


「……えーっと、そろそろどいてくれないか? いくら軽いったって、さすがにFJKの全体重をのっけられると……ってのは、ダメなんだっけか。ともかく、苦しいから下りてくれると助かるんだけど」


 慎重に言葉を選びながら窺うと、佳夜の指がピタリと止まった。


「兄貴さ」


 チラリとこちらに視線が落ちる。


「さっきいっぱい連絡きてた人、だれ?」


「え……あぁ。学校の友達じゃないかな。うん……たしかにそうだ」


 言われてスマホを確認してみると、佳夜から以外にも、何件か通知が来ていた。

 どれも学校の関連だ。


「学校の友達って、なんの?」


「な、なんの? まぁ、クラスとか部活とか」


「それって、女子?」


「え、うん」


 スクロールしてみると、女子からも何件か連絡が来ている。

 業務連絡、部活の相談、他愛もない雑談、親しい人、とくに親しくもない人……。

 あとでまとめて返しておこうか。


「あぁ、まぁでも中にはグループチャットもあるし、その中に男子もいるから一概に女子だけと言えるわけではないかなぁ――」


「はぁ」


 俺の言葉の途中で、佳夜はため息をひとつ。

 そして。


「ぐぇ、な!? いはい、いぁい!!」


 佳夜は唐突に俺の頬をグイと引っ張った。

 ジトリとした目で俺を睨みつけたまま、容赦なく指に力を込めていく。


 な、いったいなんなんだ!

 今の何がバッドコミュニケーションだったんだ!?


「……お風呂入ってくる」


 ひとしきり俺のうるつやほっぺを伸ばしきると、佳夜はそう言い捨てて洗面所に消えた。

「ごゆっくり」と慌てて投げた言葉は宛もなく消える。


「……いったいなんなんだ」 


 痛みが残る頬を摩りながら、天井を仰ぐ。


 最近の佳夜は、なんだか天邪鬼だ。

 ツンデレとも言うのだろうか。

 デレよりも、ツンでつれないからツンツレというべきかもしれない。


 彼女と接すると思春期の娘を持つ父親のような気分になってくる。

 1歳しか違わないんだけどな。

 本来ツンを受けるべき父親がいないと、その対象は長男に繰り下がっていくのだろうか。そんなところに家父長制を導入しないでほしい。ちょっと意味合い違うか。


 ともかく、最近の彼女とは手をこまねいて首を傾げながら接することが増えた。

 

 さっきまで昔の彼女の夢を見ていたから、なんだか整いそうな気分である。

 あんなに「お兄お兄」と後ろをついてきたりつかなかったりしてたのに……。


 でもまぁ、それも仕方がないことなのだろう。

 それが成長というものだ。

 いつまでもベッタリだったらそれはそれで困る。

 それに両親が不在というのも大きい。

 年頃の少女が兄と二人きりなんて億劫なはずだ。

 彼女も高校という新しい環境を迎えてストレスも相当なものだろう。

 うん、仕方がないというヤツだ。


 考えていると涙がちょちょ切れそうになったので、気を取り直して立ち上がる。


 立ち上がってみると、案外寒気が感じられた。

 夜はなにかと肌寒い。

 湯たんぽでも作っといてやろうか。


 あいつ冷え性だし。



***



(ムカツクムカツクムカツク……)


 脱衣所に、ぱたりと音を立ててドアが閉まる。


 佳夜は背中でドアを押さえつけるようにして立ち止まった。

 胸の奥が、妙にざわざわしている。


(むかつくむかつくむかつく……!)


 頭の中で、言葉がぐるぐると回る。

 理由は分かっているようで、はっきりとは形にならない。


 兄は、いつも通りだった。

 寝坊して、間の抜けた顔をして、

 申し訳なさそうに謝って、

 それでも当たり前みたいに「心配」だけはしてくる。


 ――他の女の子と、あんなに連絡取ってたくせに。


 スマホの通知欄を思い出す。

 何件も、何件も。

 佳夜以外の名前が並んでいた。


 それなのに兄は、

「学校の友達だよ」と、なんでもない顔で言って。

 私に見せない顔があることを当然みたいに言って。


 自分が腹の上に乗っても、

 肘を入れても、

 頬を引っ張っても、

 まるで本気で怒ることもなく、ただ困ったように笑って。


 乗っかっても平然としているところがむかつく。

 何も考えていないみたいな、その態度がむかつく。


 それに。


 自分だって、今日はくたくたなのに。

 眠くて、正直このまま倒れ込みたいくらいなのに。

 自分を気遣ってきて。

 それを当然みたいに気遣ってきて。


 こんなにダル絡みしてるのに。

 面倒な態度してるのに。

 全部なんでもないかみたいに。

 優しい顔で。


 ……あのとき指切りした、優しい顔で。


 そんなの、

 そんなの、

 そんなの、

 そんなの。



「好きになっちゃうだろ、ばかっ」


 頬も、耳も赤い。

 くしゃくしゃに漏れ出た告白は、湯気に溶けて消える。







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