竜馬の三輪車
あべせい
竜馬の三輪車
収集家、英語でいうとコレクターというんだそうですが、いろいろ、ものを集めるのが好きな人がおられますな。
切手を集めたり、時計を集めたり、コインを集めたり。切手や時計のように小さなものは場所をとらへんからよろしいのですが、中にはバスや電車を集めている人もいます。あんな大きいものをどこに置くのでっしゃろ。余計なお世話です。
私にも好きで集めているものが一つあります。
お金。
でも、お金は、集めても集めてもすぐに出ていきよる。コレクターいうのは、じっと持っとかなあきませんやろ。わてのお金はそれができまへん。すぐに出ていきたがりよる。ちっともたまりよらん。なんぎなこっちゃ。
「社長。ありました。社長はんがほしがってた、坂本竜馬の乗ってた車。やっと見つけました」
「車!? 車てなんや。坂本竜馬の時代に車があったんか」
「ハイ、坂本竜馬が愛用してた車です」
「口車なんていうたら承知せんぞ」
「そんな古いダジャレは、いいません。」
「そしたら、なんや。坂本竜馬が乗ってた車て」
「三輪車です」
「三輪車てか。おまはん、わしにケンカ売りにきたんか。坂本竜馬の乗ってた三輪車集めて、どないするねん。わしがなんぼ坂本竜馬が好きやいうてもな、おまはんが前にも持ってきた、坂本竜馬が使うてたオマルとか、おしゃぶりとか、積み木みたいなもン、だれがありがたがると思うねん。はよ家へ帰って昼寝でもして、出直しなはれ。あほッ」
「社長、待ってください。前に社長がおっしゃったじゃないですか。坂本竜馬が大好きやから、竜馬が肌身離さず持ってたもンとか、竜馬が愛用してたモンがあったら、なんでも持ってきてくれて」
「そらいうた。確かにいうた。けどな、坂本竜馬のモンいうたら、竜馬が持ってた刀とかピストルとか、着てた羽織袴とかや。こどものとき乗ってた三輪車なんか、だれが欲しがるかいな。顔洗うて出直し」
「だれがこどものとき乗ってた三輪車といいました」
「おまえ、いま何いうた」
「ですから、三輪車いうても、いまのこどもが乗るよる、ちっちゃい三輪車とちゃいますがな」
「竜馬が生きてた幕末いうたら、外国で自転車がようよう発明された頃か」
「そうです。自転車が外国から輸入されたくらいで。(懐からメモ帳を取り出し)この資料によりますと、我が国に自転車が登場したのは、明治3年。イギリスから木製の自転車が輸入されたとあります。当時の自転車というのは、いまのような二輪ではなくて、車輪が3つついた三輪車が、安定して、安全だとして好まれた……」
「そらそうやろ。二輪車はこけるわな。三輪なら倒れる気遣いがない。それで竜馬の乗ってた三輪車を見つけたというのか」
「ハイ」
「それほんまやったら、買うたろやないか。なんぼや。百万か、二百万か」
「五千万円。ビタ一文、まかりません」
「ウーン!? おまはん、五千万で売ってなんぼもうけるつもりや。あかん、あかん。帰り。第一やな。その三輪車がホンマもんとして、竜馬がいつも乗ってたという証拠があるンか」
「竜馬の愛車やったという証拠ですか」
「そや」
「よくぞ、聞いてくれました。それやったら、あります」
「なんや」
「それは……アッ、奥さん。お邪魔してます。この間は、どうも」
「おまえ、こんなときに何しにきたんや。タイミングが悪いで。もうちょっと、考えな」
「難波屋はん、おこしやす。ぶぶもお出しせんと。いますぐ持ってきますさかい、ゆっくりしていってください」
「奥さん。かまわんといてください。すぐにおいとましますさかい。あー、行ってもうた。きれいやな。いつ見ても、社長の奥さんは。ほんま別品さんや。どこで見つけてきたんですか。三度目の奥さんでっしゃろ。わてなんか、まだいっぺんも嫁さんもろてないのに。えらい、不公平ですわ」
「そんな話、どうでもええ。さっきの証拠はどうなっとんね」
「証拠? なんです」
「竜馬が乗ってた三輪車、竜馬が乗ってたいう証拠やないか」
「そうでした。奥さんが、あんまりきれいやから、見とれてしもて。忘れるとこやった」
「忘れたら、困るがな。はよ、その証拠いうのを見せてくれ」
「書いてあるんです」
「何や? 何が書いてあるんや」
「名前だす。竜馬と、三輪車のハンドルに刻んであるんです」
「あかん! こら、あかんわ。帰り。そんな偽モン、だれが買うかいな」
「なんで、偽モンなんですか。自分の愛車に自分の名前書いたらおかしいンですか」
「おかしィない。おかしないが、竜馬がなんで自分の三輪車に自分の名前、書くねン。早い話が、日本刀、見てみ。日本刀に銘があるけど、あれは所有者の名前とちゃう、正宗とか孫六いうたら、みなそれを作った人の名前や」
「その三輪車は竜馬が作ったことになるんですか」
「そやろ。その三輪車は竜馬という職人が作ったんや。坂本竜馬とは違う。全くの別人や。おまはん、そんなことでよう道具屋、やっとるな。長生きするで」
「なんですか。長生きするて。うちの銀子の話ですか」
「こら、奥さんに、悪いとこ、聞かれてしもた。奥さん。違いますねん。それよりいまおっしゃった、長生きする銀子って、どなたですか」
「難波屋さん、ご存知やなかったですか。うちのバカ犬。いつも寝てばっかりで、泥棒が来たらオッポ振って、擦り寄ったというて、近所中から笑いモンになった犬ですわ」
「奥さん、思い出しました。そやそや、あとで捕まった泥棒が、仕事先でこんだけなつくワン公は見たことない。メス犬やから、わしに惚れよったか。ムショを出たら、飼犬にしたいというてたそうですな」
「あほいうな。銀子は、泥棒が主人のわしに似てたから、間違うただけやないか」
「難波屋さん。違うんです。ホンマは、あの銀子は、出来の悪いほうで、出来のええほうの銀子は、去年の夏、車に轢かれて死んでしもうたんです」
「エッ!? 銀子に、出来の悪いのと、出来のええのがいるんですか。どういうことです、社長」
「当たり前やないか。わしはコレクターやぞ。コレクターいうもんは、気に入ったモンを見つけたら、必ず保管用と展示用の2つ手に入れるンや。展示用は、陳列ケースに入れてふだん眺めるけど、保管用は倉庫の奥に保管して人目にさらさんのや。こうせんと、好きなモンは、コレクションできん。わかったか」
「それはわかりますけど、それと犬の銀子がどう関係があるんですか」
「鈍いやっちゃなァ。銀子も保管用と展示用があるちゅうことや」
「難波屋さん。こういうことですわ。銀子は、生まれたばっかりの小犬のとき、ごく親しゅうにさせてもろうてたお取引先からいただいたんですが、もらいにいったとき主人がとても気に入って、もう1匹欲しいと、その取引先の方に無理をいうたんです。銀子を産んだ母犬は、ほかに4匹産んでて、そのなかに銀子とそっくりの柄をした子犬がもう1匹いて、よろしかったらどうぞといわはったので、遠慮のういただいてきたというわけです」
「そういうことでしたか」
「難波屋、おまはんはホンマにわかっとんのか。うちの2頭の銀子は、人間でいうたら、一卵性双生児や。見かけは、全部おんなじや。そうやけど、性格が違う。1頭は、我が強うて気性が荒い、もう1頭は優柔不断で、のんびりしとる。そやから、我の強いほうを人前に出して、のんびりやのほうは裏庭で静かにさせとったんや」
「我の強いほうが展示用、もう一方が保管用いうわけですか」
「我の強い銀子が早う亡くなってしもて、それからはのんびりやの銀子が、1頭で頑張ってます」
「そうやったんですか。それで銀子はいくつになったんですか」
「生まれてことしでちょうど9年目。人間でいうたら、70ほどです」
「そら長生きや」
「そうですやろ。それより、竜馬の話はどうなったんです。竜馬の乗ってた三輪車……」
「せやせや。社長、竜馬がその三輪車に乗ってたという、すごい証拠がありますんや」
「なんや、いうてみ。ええ加減なこというたら、出入り禁止にしたるさかい」
「竜馬がその三輪車に乗ってる写真があるんですわ」
「なんやて、写真かいな!」
「はい。写真です。写真いうても、明治初期の写真ですから、いまみたいなフィルムやデジタルの画像やのうて、ガラス板に感光させて撮ったもんです」
「難しいことはええが、その写真に竜馬が三輪車に乗っとるとこが写っとんのやな」
「そうです」
「よっしゃ。その写真、もらうか」
「エッ!? 社長、三輪車はどうなるんです」
「おまはんなァ。その三輪車、なんぼ気張っても、その写真に写っとるのとおンなじ三輪車かどうか、わからんやないか」
「待ってください。わたしは社長に、竜馬が乗ってた三輪車を買うてもらいにきたんです。それに竜馬の三輪車はちょうど二台ありますから、社長の保存用と展示用にぴったりですわ」
「なんやて。竜馬が乗った三輪車が、2台もあるてか」
「ハイ。1台は竜馬自身が使うため、もう1台は竜馬が女房のおりょうに買ってあげたもンですがな」
「待て待て。竜馬の生きていた時代はみんな着物やないか。竜馬は袴やから、自転車でも三輪車でも平気で乗れるが、女のおりょうはんは着物着て、どうやって三輪車、いまでいう自転車に乗ったンや?」
「それはちょっと難しいかもしれませんが、買うてあげたンだから仕方ないでしょう」
「あんた。難波屋さんをいじめてどうするんです。女でも、着物を着て自転車に乗れますがな」
「おまえ、着物着て、自転車に乗ったことあるンか」
「和服着て自転車に乗ったことはあります」
「ウソいいな。そんなとこ、見たことないで」
「ウソついてどうするんですか。難波屋さん、ご存知ですやろ。わたしが着物を着て、自転車じゃないけど、自転車とよう似た形をした、サドルとペダルのついた室内用の運動器具で、ペダルを漕いだことがありますでしょう。あのとき……」
「エ、エエ、まァ……」
「難波屋! おまえ、何の話してんのや」
「イ、イエ、いいえ……」
「難波屋さん。いいンですよ。正直にお話していただいて。この人も、適当に外でええことやっているんですから」
「なんやて。だれがええことしてるんや」
「あんた。わたしが何も知らんと思うて、ええカッコぶるのやめときなはれ。銀子という女、あれ、なんです」
「銀子!? あっ、あれは、そッ、その……」
「飼い犬に銀子なんて、名前をつけたときから、おかしいと思うてたんです。それで探偵使うて調べさせたら、南のクラブでホステスしてる銀子という女と、もう十年も前から、つきおうててからに。こどもまでこさえているんでっしゃろ。あんた!」
「違う、違う。それには深いわけがあるんや」
「何が、深いわけですか。わてと難波屋さんは、アスレチッククラブに誘うてもろたとき、試しに運動器具を使わせてもろうただけです。人に後ろ指さされるようなことは何もしてません。自転車のペダルを漕いで、汗出して、あとご一緒にビール飲んだだけです」
「難波屋! おまえ、うちのやつが酒飲んだら、どうなるか知ってて、飲ませたんか」
「い、いいえ。あのときは、奥さんがどうしてもビール一杯だけとおっしゃるさかい……」
「難波屋さんが悪いんやありません。わたしがお誘いしたんです」
「どこで飲んだんや。居酒屋か、寿司屋か」
「いいえ、ちゃんとしたホテルのバーです。難波屋さんが懇意になさっている、おしゃれなバーでした」
「おまえはどんだけ飲んだンや。飲んでからどうしたんや」
「難波屋さんは、ビールを全部で4杯飲んで、そのあとタクシーで帰りましたな。何もしてませんな」
「難波屋! 正直にいえ。ヘタなウソつきなや。調べたら、わかるんやから」
「は、はい。ビール4杯のあと、ウイスキーをロックで3杯……、それから焼酎のお湯割り。そのあと疲れたとおっしゃって、ホテルに部屋をおとりして、わたしは一人で帰りました。ほんまです」
「うちのやつはビール1本飲んだら、記憶をなくすんじゃ。それを知ってて、難波屋! おまえ、ホテルに一緒に泊まったのか」
「いいえ。滅相もない」
「あんた。難波屋さんはあんたみたいに助平とちがいます。わてが手握っても、ふりほどかはる人です」
「おまえ、この男を口説いたんか。あほんだら!」
「わてがそんなことをすンのも、あんたがわての相手何もせんと、その銀子というバカ女に狂うてるからでしょうが!」
「待て、待ってくれ。銀子は愛人とは違う」
「愛人やなかったら、何です。恋人ですか」
「ウーム……。にょ、にょ、女房や」
「女房!? そしたらわては何ですねん」
「そら、おまえは、もちろんわしの女房やないか」
「女房が二人も。難波屋はん、よう聞いとくれやす。こんなにコケされたら、もうこんなひとと一緒にはいとうない」
「待て。よう聞け。わしはコレクターや。銀子はわしの女房は女房でも、展示用や……」
(了)
竜馬の三輪車 あべせい @abesei
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