第9話 クリスマスのキラキラ

あと数日でクリスマスだった。


 アビゲイルが毎朝開けているアドベントカレンダーがもうすぐ終わりそうだった。

 レストランはイブとクリスマスのガラディナーを終えると、年明けまで一週間休みになる。


 万年筆を直した後、無事に契約を取れたクリストファーはこの小さなレストランの雰囲気が気に入ったとかで毎晩食事に現れる。そして、ジュードの仕事終わりまでゆっくりして、少し話したくてと言うので、ここ数日はアパートまで送って貰っていた。やっぱり、レストランの空き部屋より、自分のアパートの部屋の方がゆっくり出来るので助かっている。


 のんびり取り留めない事を小さな声で話しながら、静かな夜の街を歩く。風が坂道の上から吹いてくる。流石に年末だから少し頬に冷たい。坂の下にある港はクリスマスマーケットの最後の掻き入れ時で深夜までやっているから、まだ明るい。横を向いたクリストファーの瞳が遠くの灯りを写していた。見つめたジュードの瞳もキラキラしていた。


「明日から、クリスマスの夜までは毎晩会食があって、会いに来れないんだ」

「会いに来てたの?」

 流石にもう分かっていたけど、ジュードはくすくす笑って言った。


「会いに来てたんだよ。晩御飯のためじゃなくて。君と会って話したかったんだ」

 真面目に返されて、笑いを引っ込めた。

「あぁ、いいんだ、笑ってくれて。君の笑顔が大好きだ。僕は君に恋をしてるんだ」


「でも……僕は……」

 春の終わりに家に戻って、親が決めた結婚を……。

「前に言っていたね。でも、君がもし僕を選んでくれたなら、なんとか出来ると思うんだ」

 クリストファーも大きな商会の後継者でαだった。親の決めた知らない人ではなくて、好きな人と結婚出来たらそれは幸せだと思う。


「クリスマスが終わって、君がお休みになったら会いに来ていいかな?」

 ジュードは頷いた。

「楽しみにしてるよ。メリークリスマス!」

「ふはっ」

 クリスマスまでまだ数日あるので笑ってしまった。

「君の笑顔が本当に好きだ」

「……おやすみなさい」

 ジュードが入り口のドアを開けて、中に入るのをクリストファーが見送った。ジュードが屋根裏部屋まで登って部屋の明かりを付け、窓から下を見ると、クリストファーが背を向けて帰るところだった。見送るジュードに背中越しに手を振りながら。

 ジュードは彼の背中が見えなくなるまで、窓辺でずっと見送った。


 いい人なんだと思う。少なくとも、Ωになってから会ったいろんな人の中では、いい人だ。

 Ωをどう扱ってもいい者と見て、自分の好きに乱暴な態度を取ったりしない。個人として尊重してくれる気がする。

 まだ、知り合って一週間ほどだ。期待しすぎては駄目だ。失望した時に辛くなる。


 それでも、冬の夜風が寒くないくらい気持ちが浮き立つのがわかる。




 クリスマスのレストラン営業は戦場だった。満席でいつもはランチもディナーも席は一回転なのに、二回転だった。

 サイラスに至っては最後の三日はほとんど寝ていないくらい。ジュードもロザリーもヘトヘトで、倒れる様にベッドに入る。ロザリーはまだ、赤ん坊のナサナエルとアビゲイルの世話もあるので、レストランの方は以前の三割ほどしか顔を出せていない。

「ジュードがいてくれて、本当に良かった。いなかったら、こんな忙しくちゃ無理だったわね」

「忙しくても、気持ちいいですね、やりがいあります。本当にロザリーとサイラスのおかげです。働くの楽しいです」

 ジュードは感謝を込めて言った。

 毎朝、三人で

「もうすぐ休みだから、もう少し頑張ろう!」

 気合いを入れるのだった。


 

 


 

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