第2話 大和歴1124年12月7日(1)

 空は暗く真っ白な雪が降り始めた。肌を刺す寒気に旅の僧である託生たくせいは荒れ果てた畦道を足早に歩いている。笠を目深に被り、雪が目に入らないようにしている。


「今日は一段と冷えるのぅ」


 身体を震わせて合羽を握りしめる。周りを見て誰も耕していない田畑が広がっていた。


「早う民家を探さねば……」


 このままでは凍え死んでしまう。どこかの民家で1泊させてもらおう、そう考えていた時だった。


「ん? あれは……?」


 不自然な棒が立っている。それは黒く長い。その下には何やら布の塊が……。

 託生は近寄って行くと……?


「なっ!」


 目を見開き仰天する。

 黒い棒は刀。そして布の塊は……。


「あ、あか……ご?」


 まだ産まれて間もなく見える赤子がいた。こんな寒空にどうして、と疑問が湧くが……。


「いかん! 今は温めねば!」


 託生は赤子を合羽の中に入れて自らの体温で温める。そして急いでその場を離れようとした。もちろん荷物になるので刀を置いて、だ。

 だが……?


「ぎゃあ! ぎゃあ!」


 何と赤子が大きな声で泣き出してしまう。なぜ泣いているのか、託生は理解した。


「そうか、この刀はお前さんの大事な物なんだな?」


 1つ頷いて託生は刀も持つ。荷物になるが、赤子のためと思い歩を進める。



 雪が本格的に降り出してきた瞬間だった。民家を見つける。火の明かりが見えたために誰か住んでいる事がわかった。大急ぎで民家へ向かい戸を叩く。


「誰か! 居りませんか!」

「はーい」


 中から声が聞こえる。ホッと息を吐いて戸が開くのを待った。

 ガタガタと音が鳴りながら戸が少しだけ開き、中から老婆が顔を出した。

 旅装束の僧である託生を見て老婆は微笑んで戸を完全に開ける。そして託生の腕の中を見た瞬間に驚愕していた。

 だが、何も聞かずに老婆は中へ招き入れる。


「どうぞ、中へ。寒かったでしょう?」

「かたじけない」


 身体を震わせながら中へ。そこには囲炉裏の前で暖まっている老父もいた。


「おぉ、これはお坊様。一晩の宿ですな? 特に何もないですが……どうぞ、こちらへ」

「重ね重ね、かたじけない」


 老父は場所を譲り、そこへ託生が座る。腕の中にいる赤子を暖めるように包まっていた布で擦っていく。老父は驚き、託生を見た。

 これに託生は禿頭を掻きながら恥ずかしそうに告げる。


「実は赤子を先ほど拾いまして……」

「何と!?」


 老父はこんな寒い日に赤子を捨てる母親がいた事に憤慨した。それに頷いてみせる託生も憤っている。

 そこへ老婆が囲炉裏にある薬缶から湯呑みへ白湯を入れて託生に渡した。


「先ずはこれで暖まってくださいな」


 赤子を見つつ微笑む老婆。


「可愛い子ですね」


 老婆の言葉を聞いた託生は赤子を見やる。とても満足そうに眠っている赤子。天使のような寝顔に皆の笑みが深まる。


「本当に……ですが、きっとこの子は男の子でしょう」

「まぁ! そうだったのですね!」

「私も確認はしておりませぬが……この刀を大事そうにしておったので」


 赤子を見る託生の微笑みは温かく慈愛に満ちている。

 それを見た老夫婦は頷き、畏まった。


「お坊様、その子をわしらに預けてくださいませぬか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る