日輪国統一記

冬乃夜

第1話 混沌歴元年9月2日

 今年15歳になった少女がいた。

 山の頂上で周りの木々よりもまだ小さな木の前に立ち、顔を上げて目を瞑っている。

 その小さな木には洞があり、その暗闇は全てを飲み干しそうな圧迫感を醸し出していた。周りの木々に負けたくない、そんな力強さを見せるかの如く青々としている。例え今は小さくてもいつかは……。

 とある旅の僧から伝えられた事がある。


「とある木の下で運命の岐路となる出会いあり」


 少女はこの木が頭に浮かびやって来た。風が心地よく、木々のざわめきもこれから起こる事を暗示しているかのように感じる。


「おや、先客がいましたか」


 しゃらしゃらと錫杖を鳴らしながらやって来たのは40歳くらいの僧。所々破けた法衣を着てゆっくりと少女の隣に立つ。


「この木はいつか立派に育ちそうですなぁ」


 禿頭を左手で掻きながらにこやかに告げた。少女はジッと目を瞑ったままだ。そこに溶け込むかのような少女の姿に神秘な空気を感じ取る。


「ワシは長くないでしょう」


 唐突に僧は言った。それは自分の想いだ。なぜかこの少女に伝えておきたくなっていた。


「だが……この世は戦国、民は満足に食う物もなく……領主が肥え太るのみ」


 ギリッと奥歯を噛み締めて、持っている錫杖を強く握りしめる。


「ワシは……! この世から戦を無くしたい……! 例え我が身が朽ちようとも……この国を1つにして誰もが笑顔になる世を作りたい!」


 血涙を流して、心の奥底から燃え滾る物を吐き出すかのように僧は少女へ告げた。


「ワシはここに――」

「そうですか」


 僧の言葉を遮る少女。呆けた僧は少女へ視線を向けた。少女は――。


「私で良ければ……修羅と成りましょう。この国を救う、修羅と成りましょう」


 微笑んでいた。

 その笑みからわかる事はない。

 だが、少女が国のために身を投じようとしている事はわかった。

 僧はその場に跪き、頭を垂れる。


「我が身、朽ち果てるその時まで……あなた様と共に」

「よろしく頼みます」

「ははっ!」


 少女が木の洞を見た。暗闇。何も見通せない暗闇。それでもどこか光を求めている。


(私は……今、立たねばならない。そうしないときっと……後悔するから)


 少女は1つ深呼吸した。そしてその場を立ち去る。僧を連れて。

 一瞬、そう一瞬だ。背後を振り返って小さな木を見る。

 あの木は……。


(関係ないわね)


 立ち止まった少女に僧が声をかける。


「どされましたかな?」

「いえ、何でもありません……行きましょう。志を同じくする者たちを探しに」


 こうして少女は国のために……立ち上がった。

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