第一章王立学院編

第1話:王立学院特別クラス

 女に逆らったら即座に処刑されるとしたらとりあえず逆らわなければいい。実際それで十年生き延びられた。というのは単なる十年の結果だ。


 学校は九月から始まる。向こうで言う高校一年目を九月から四月まで過ごして思うことは、自分が望む適性を得られるというのはとても幸福なことなんだってことだ。


 以下、『!』って書くまで適当に学院でのあれこれを叙するよ。


 王立学院高等科に至るまでで僕の周りにも変化があった。

 共鳴し合うように男のクタリニン(転生者)が次々に見つかった。いずれも僕と同学年だ。僕も含めて計十人。いずれも王立学院に収容された。

 義務教育年限終了までに大きな問題を起こす人はいなかったのが幸い、僕らは親交を深め、高等科の試験も各々パスした結果、だ。


 クタリニン収容所。

 王立学院特別クラスの別名は自然とそうなった。


 学院のクラスは基本的に三十人で編成されるけど、僕らのクラスはクタリニン十人にこの十年弱でクタリニンのお目付け役、別名『金玉クラッシャー』という不名誉極まりない(けど本人は気に入っている)あだ名ができたメダの十一人のみ。

 学院の授業は専門科と一般教養に分かれ、クラスは一般教養を一緒に受ける者の集まりだ。十人のクタリニンにも適性と進路希望の別はあるからそこは魔法科とか騎士科と合同の授業を受けるけど、一般教養(これは向こう側で言う基本科目だと思って貰えばいい)はこの十一人のクラスで受けることになる。



 思ったほど奇異の目で見られることはなかったけど、積極的に僕らクタリニンに距離を詰めてくるのはメダくらいのものだった。

 でもそれでいい。僕ら(主に僕)が取り付けた『生存の条件』は『女性と恋愛関係に落ちないこと』が第一、第二に『王宮の命令には絶対服従』……この二つ。背けば即座に処刑される。


 つまり、女子と一緒の授業は受けるけど親しくならない方がいい。下手に恋愛関係になると処刑されるから。


 制服どうするか問題もあった。クタリニンは十人とも男だけど、この世界では長ズボンの文化が一部にしかない。子どもの頃は(そうしないと生きていけないので)耐えられたけど、うっすらすね毛が見えるお年頃になると流石に羞恥心も働く。

 そこで北方にある氷都ティンムドラ(名前通り寒いので厚着がいるらしい)の住民の協力で特注の服があつらえられた。女子は布面積多いなりに痴女みたいな制服だけど、男子は向こう側のブレザータイプの制服と言っていい。



 ! って言っておく。


 そんなこんなで平穏な学生生活を送るのにこぎつけた僕は学院の許可を得た上で義務教育期間からバイトしつつ、ある日の放課後に他のクタリニン九人とメダも一緒に集められた。


 中にいたのは水色の髪の毛を長く伸ばした、チューブトップに前垂れのあるボトムスという格好に白マントをつけた変な人だった。ごめん、この世界で権力ある人だとそこま変ではない。

 僕ら特別クラスを率いるダグ先生は割と露出が少ない格好をしている。


「全員、気をつけ、礼!」

 全員ピシッと身を正し、礼をする。


「お顔をお上げ」

 水色髪の人は不思議な声で言った。聞いてると頭がふわふわするような、そんな声だった。

 僕達が顔を上げると、その人は薄く微笑んだ。


「私はローメル」

 ローメル、と聞いて僕達は顔を見合わせた。超有名な名前だったから。


「大賢者とも呼ばれている」

 大賢者ローメル――数千年年生きている大魔法使いであり、現女王ラシエラ陛下の『最も親しき友人にして教師』と呼ばれる人だ。


 つまり、下手すると王権を超える発言力を持つ人が目の前にいることになる。


「あなたたちの属性を少し試した」

 試した? いつの間に? 検査らしきものは何も受けなかったけど……。


「パカンナントにある通り、クタリニンは九聖鍵霊マカジルラに対応する九つの属性を持つ」

 それは知ってる。でもおかしなことはあって、年が同じく発見されているクタリニンは僕を含めて十人。九つの属性につき一人ってわけではなさそう。


「まず――」

 僕の隣にいた一人が指さされる。


「水都マゴランのアマンは炎の鍵霊に対応する」

 属性発表らしい。僕なんだろうな……。


「風都スランカのクロツは風の鍵霊」

 大賢者様は一人ずつ視線を送り、その属性を発表していく。

「氷都ティンムドラのキールは金の鍵霊に、花都ギバイルクのイグルは水の鍵霊に、聖都ザラベルガのマシスは光の鍵霊に、炎都ザガンデアのメイジスは闇の鍵霊に、隠都アマツヒツキのカゲツは星の鍵霊に、鉱都カルオペカのプオルは土の鍵霊に、砂都ザガシンのバラキは木の鍵霊にそれぞれ対応関係が見られる」


 ……あれ、僕呼ばれてないぞ。


「大賢者様、ニナギのメダ、発言よろしいでしょうか」

「どうぞ、メダ」

「うちのギドは何なんですか?」

 大賢者様に堂々と疑問とは度胸があるなメダは……寧ろ僕が驚いたくらいだ。


「ニナギのギドは……」

 大賢者様は僕の方を見て微笑んだ。


「第一種機密事項の為、あなた達が知る権利はない」

 何……ねえ、なんなの怖いよぉ!? なんで僕だけそんな秘密にされるの!?

 って顔に出ていただろうか。


「とはいえ、ギドの能力は検索複写、その性質は今の所中庸であり能力それ自体は有用であると審議により結論した。他の九人は……」

 大賢者様の視線が九人のクタリニン仲間を見る。


「使いどころが限られる。その意味で既にルーラポケ(先天性の特殊能力のこと)を存分に生かせる者はギド一人と見る。ギドには魔法適性があり、既に魔法科の授業を受けていると思うが……」

「は、はい……」

「ルーラポケを用いた仕事については積極的にこなして貰いたい」

 大賢者様は表情がない顔で言う。バイトのことだろう。


「かしこまりました」


「あなた達十人がルーラの導きにより正しく育ちますように……ポケラ・ルーラ」

 大賢者様は親指・中指・人差し指の先を合わせて額につけた。僕達もそれに倣う。ルーラシアに於ける祈りの作法だ。


「あの、大賢者様」

 メダが祈りを終えて声をかけると、大賢者様はゆっくりとそちらを見た。


「私、今からでも魔法科に転科できませんか」

「それは無用の相談……あなたは既にルーラの導きの元にいる」

「し、失礼しました……」


 メダは医療科に入っている。向こう側で医学部が凄いみたいにこっちでも医療科は限られた優等生しかいけない所だけど、メダは魔法科を望んだ。寧ろ僕が変えて欲しいくらいだけど、僕には医療魔法の適性がなかった。


「では、いずれまた」

 それだけ言って、大賢者様は消えた……ふっと消えるとかでもなく、言葉を最後に元からいなかったみたいにそこには無があるだけだった。


「え……ダグ先生、大賢者様はどちらに……?」

 ダグ先生は眼鏡を上げた。


「上位魔法の一つだ。自分の存在と同等の分身を任意の場所に生み出し会話させる……もっとも、大賢者様であればそれに魔法を打たせることも充分可能だが。それはともかく、この集いは終わりだ。各自ルーラポケについては一々気にするな。役に立つことの方が少ないんだあれは」


 先生はそれだけ言って「解散」と告げた。


「凄いなあギドは」

 僕がみんなと一緒に外に向かうと、茶髪をショートにしたたアマンが声をかけてきた。


「大賢者様に唯一褒められてるじゃん」

 その穏やかな顔はしょんぼりしている。


「え……あれ褒められてたの?」

「褒め言葉だと思うよ。有用って一言がどれだけ欲しいか……俺なんて単に自分が燃えるだけなんだぞ? 燃えて死なないのが自慢だけど、そんな自慢あるかなあ」

 人体発火がアマンのルーラポケだ。本当に燃えるだけな上に燃えてる本人は普通に熱いらしいのでまったく羨ましくない。


「まあ……燃えるのも何かの役には立つと思うよ……」

 なのでフォローにも困る。


「でもギドはいーわよねー。魔法科で優等生な上にバイトも認められてて」

 メダは本当に僕が羨ましいらしく、ぽんと肩を叩いてくる。そりゃ自分が希望する科にいられるんだからそれはそうだ。


「いやメダは羨ましいだろうけど、そもそも医療科はマジのエリートの集いじゃん……」

「将来の夢を叶えられない私の悲しみが分かるか……?」

「ごめんて……」

 恨みがましい目で見られると本当にどうして望んだ者に望んだ才能が与えられないのかと思ってしまう。


 クラスの一部では『ギドの適性は何か』と話題になっている。


 鍵霊という向こう側で言う精霊は九つの存在としてパカンナントに記載されている。これは何度も出てくるから自然に覚えるけど、その九つの属性のどれにも当てはまらない属性なんてあるのか、そんな話題が大半だ。少なくとも……と思って僕は不意に思った。


「みんな、いい事を思いついた」

「どうするの?」

 メダは首を傾げている。


「こうするの。検索複写。パカンナントで十番目の属性に触れられた部分」

 少なくともパカンナントに記載があれば検索複写で出てくる。


 ペッと目の前に大きくルーラシア語が書かれる。


《建国時に定められた鍵霊は本来十である。その一つは最もルーラに近く最もルーラに遠い》……これしかなかった。


「ギド……結局属性は分からないぞ」

 聖都ザラベルガのマシスが呆れた顔をしている。


「けれど鍵霊が実際には十あることはこれで判明したわねぇ」

 炎都ザガンデアのメイジスの言う通りではあるけど、でも肝心な所は分からない。


「パカンナントにこれしか記述がない事項ってなんだろうね……」

 アマンも不思議そうだ。


「……ん? 待てよ? ギド、そのパカンナントはいつ出たものだ?」

 氷都ティンムドラのキールさんが鋭く僕を見る。


「えーと……出典併記」

 唱えると、現行版だと分かる。


「現行のパカンナントの第一巻の九聖鍵霊について触れた所の……注釈だね」

「パカンナントは百年ごとに編まれるから、改版で記述が欠落した可能性があるぞ」

 ああ、キールさんが言うような事情もあるかも知れない……。


「とすると古い情報にアクセスしないといけないのか……」

「って言ってもギドのそれって見れる所にない情報は基本的に無理だよなあ……」

 鉱都カルオペカのプオルが言う通り、見れる場所……図書館で言えば少なくとも司書さんに言って出して貰えるような所にある必要がある。

 古いパカンナントが見れる場所であれば検索結果に出てくるから、少なくとも普通であれば見れないってことらしい。


「大図書館の書庫とかにあるのかな……ギド、いってみる!?」

 メダは何故か冒険心を出している。もう十六にもなるのにいまだに子どもっぽい。


「いやメダは医療科の課題やらなきゃでしょ。僕もバイトでやることあるんだよ」

 なんだかんだ学校通いながらバイトしてると時間はなくなる。


「ギドは働き者だなぁー……」

 花都ギバイルクのイグルに冷やかされた。以前聞いた所によると彼は前世で過労死しているので働く気はあんまりないらしい。


「イグルもいい仕事目指しなよ……過労死しない方向で……」

 そんなことを言って、僕は寮に向かって仕事の道具を持ってバイト先に向かった。


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