ルーラシア戦記~秘の転生者~

風座琴文

序章

プロローグ:女の世界に生まれた男が男とバレるまで

 異世界転生RTAしようか。


 死んだ。


 変な痴女に会った。


 その後異世界に生まれた。


 転生者だってバレて王立学院に通ってる。←今ここ。


 これだけじゃ簡単に過ぎるな……と言っても実際こんな感じだからそんなに書くこともない。


 あ、この国、ルーラシアの特殊さは特筆に値するからそこを書いていくか。



 僕が生まれたのはルーラシア王国の南西の端にあるニナギ島という所だ。


 当初から転生者としての自我はあったけど、言葉をしゃべれるようになったのは人並みに二、三歳だった。


 申し遅れたね。僕はギド。ニナギの漁師ケクの子ギドだ。ルーラシアの庶民に苗字はない。


 ケクの息子か娘か明言しないのは、ルーラシアにはまず男がいないので息子と言う言葉自体浸透してないから。『子』=『娘』なので普通は子で通じる。


 ただ、僕は男だ。


 ルーラシアという一つの世界を構築する国家は女性しかおらず、男はごくまれにしか生まれない。人口にして一パーセントにもまったく満たない。その〇.〇〇〇〇〇〇〇三以下省略パーセントの男の方に僕は生まれた。


 ということを僕は物心ついて真っ先に教わった。ちなみにその話のきっかけ自体が『どうして僕は女の子として育てられてるの?』っていう疑問からだ。


「待ってよお母さん。女しか生まれてこないならどうやって子どもを産むの?」


 僕のいた世界の生物学に従えば当然の疑問でも、ルーラシアの原住民である母ケクには新鮮だったようだ。


「鳥の交尾……と言って分かるか?」


「うん? うん待って」


 僕はこのルーラシアに生まれる時に授かった力を使った。


「検索複写・鳥の交尾。図解」


 目の前にインクみたいなものが浮かびあがり、机の上に何かの鳥が交尾している図解が出た。


「やっぱりクタリニン(この世界での転生者の呼び名)だな……その力は当面隠せよ。しかし、こういう仕組みで種付けだけする。鳥の交尾って人前で話題にするなよ。下ネタだから」


「僕はいきなり動物の交尾に話を至らせるような子ではないよ」


「よくできた子だ」


 お母さんは僕を抱きしめてくれた。


 生まれた時の記憶が残っているけど、もう一人の母マクは僕を生む時に儚くなった。だからケクママは僕をよく抱きしめてくれるんだと思う。


「しかしギドは賢い子だな……もしかして文字も読めるんじゃないか」


「ごめん、ママが読んでる新聞とか雑誌をたまに読んでる。世界全体を包む大大陸ワンユラ一つでできたルーラシア王国の国家地図も分かるし王都には僕と同い年の王女殿下がいることも知ってる」


「ペカン日報読めるのか」


 ママは机の上に置いている上質な紙の束を取った。


「例えばここには何が書いてある?」


 ペカン日報と言えばルーラシアの国営新聞だ。地方版が多くあって、ニナギ島は島が実質的に属す花都ギバイルク版で配られる。


「『花都ギバイルク直営の農園メココニアにてメココの実を活かした特産品を新たに生産。そら豆の餡をまぶしたメココを一つ三メントで販売開始。花都は新たな観光資源として期待をかけている』だよね。花都の方だけじゃなくてニナギ島も観光地にすれば潤うのに」


「お前さては私より頭がいいな?」


 ママはちょっと引いてた。


「クタリニンは多分先天的に文字が読めるんだと思う。そうでなくても僕は検索複写の技能があるから読めないと困るし」


 検索複写は頭に浮かべた語句を検索してすぐに消えるインクでその場に複写する技能……念写に近いかも知れない。


 ちなみに、ルーラシアの主要都市花都ギバイルクでの新聞にそら豆のメココ……要はずんだの牡丹餅だと思う。それが一面に載ってる辺りルーラシアは今日も平和だ。


 で、転生者の常として僕は言語で不自由しない。ということは、だ。


「パカンナントも読めるだろうな……こい」


 ケクママは僕を読んでマクママの書斎に連れていった。ここはマクママが死んだ五年前からそんなに変わってない。


「これがパカンナント略式版だ」


 ママは分厚い辞書みたいな書物を取り出して、僕に渡す。


 パカンナント──ルーラシアの聖書であり史書を兼ねるもので、原典は三十巻以上ある。その為、略式版で読むのが一般的になっている。


 僕は本を取って、その一部を読んだ。


「かつて、世界は一つの塊だった。大いなる争いと災いの末に透明な場所プレオペテは濁った闇ダレオスサから分かたれ、女神ルーラはルーラシアを作った」


 初見だけど問題なく読める。というかルーラシアは独自の固有名詞が多い。それ単品だとなんなのか分かんないようなものが。


「神話の重要な部分をもう読めるのか……お前が男である以上この国でそれがバレたら人権がないが、しかし女として生きれば出世するのは間違いないな」


 まあ仕官するのはありだとこの頃から思ってた。


 ルーラシアに魔物の類が出た記録はこの頃からさかのぼって二年前のペカン日報聖都ザラベルガ版にあるくらいだ。その魔物は大した力もなく王国の騎士団に討たれた。


 それだけ平和な場所だから転生してもやることはスローライフか仕事するかしかない。この頃五歳の僕はもうそれを考えてた。


「仕官したいけどやり方は分からないな……出世してケクママにいい暮らしして欲しいし」


「なんていい子なんだ!」


 ケクママは思い切り僕を抱きしめた。豊満なおっぱいに顔面が押し潰されるから畜生。


「だが仕官の道で一番の王道は王立学院に向かうこと……つまり王都ルーラキアに出ることだ。ニナギ伯爵他貴族に、ニナギの役人でも一部偉い人はそこを出ている」


 エリートの中で地方勤務って落ちこぼれなのか滅茶苦茶できるのかのどっちかだな……。


 でも、王立学院か……ケクママと分かれることにはなるけど、当のケクママの為なら仕方ない。


「学校にいくよ……まだ入学年限じゃないけど、勉強して王立学院に入って、偉くなる」


 出世欲がそんなにがっつりあるわけではない。ただ、前世の頃より大事にされて、ケクママを大切にしたいという気持ちはこの頃随分強くなっていた。


「そうなれば来年の入学に備えて勉強するか! と言っても教えるのが私なのが不安だな……」


「まあ文字は読めるし、なんなら検索複写は元の世界の情報でもアクセスできるから独学でもそれなりにできるよ」


「なんてできた子なんだ!」


 ケクママは思い切り僕を抱きしめた。母親でなければ勃起する所だった。


 こんな具合で、僕の異世界ライフは幕を開けた。


 この世界の既婚者としては一般的なレオタードタイプの服に身を包んだケクママは、上機嫌に僕に色んなことを教えてくれるのだった。



 考えてみれば元の世界の日本も同じようなものだったと思うけど、地方はそんなに科学的な考えが浸透していない。


『メソソ・ポケ』……真っ先に教わったのは『祈りを忘れるな』という警句だった。


 女神ルーラへの祈りをささげることはリケと呼ばれる魔力に似た力を身に宿し、それによってルーラシアの人間は痴女みたいな衣服であっても虫に刺されたり肌を擦り剥いたりすることなく生きられる。他方、リケの加護薄い者は相応に脆いので服の面積が増える。


 ニナギの温暖な気候に加えて元から存在する痴女みたいな服装があるので、ニナギの若い子は大体ビキニみたいな服を着ている。僕はショートスパッツにチューブトップブラの上から一枚のワンピースタイプの服を着ている。股間を隠す為だ。なお、田舎の方だとズボンは出来合いのものがない。


 幸いなことに僕は生まれつき女顔で、服を着ている限り女の子に見えるのは間違いない。声変わり前なのを抜いても声が女で通る。男言葉・女言葉の区別もルーラシアでは女しかいない都合上あまり問題にならないので、僕はトイレでも覗かれない限り男とバレる心配はなかった。


 トイレの話題になっちゃったからついでに書いとくけど、この世界はトイレに利用されるグレケシスという生物……銀色のスライムのお陰で衛生を保っている。グレケシスは密閉した容器に入れると決して抜け出さずそこを巣に定め、人間が排泄するとそれを食料にして完全に分解する。一定まで排泄物を食べたグレケシスは分裂して、古いのは廃棄されて当たらしいのを使う、というのが一般的で、携帯トイレも一般に普及している。ちなみに石鹸とか洗剤にも代用される。その場合は加工されるけど。


 なのでルーラシアで野ションするのは重罪だけど、現代人である僕にはあまり必要ない心配だった。




『考えてみれば~』からここまで読み飛ばしていい所だけどね。


 海辺の家で勉強の日々を送った僕はルーラシアの常識を見につけて育ち、六歳から十年間の義務教育入学になった。


 ニナギ島ザバギン村というのが僕が所属している場所の正確な名前であって、ザバギンの学校には十数人からなるクラスが幾つかあった。僕の世界で言う複式学級みたいなもので、先生が複数人ついて同い年の子に教えていた。


 僕はその中で家が近いメダという女の子と仲よくなった。


 メダは茶髪を二つの三つ編みにして垂らした小柄で快活そうな印象の子で、男であることを隠してこそこそしている僕にも躊躇いなくぶっこんでくる人見知りしない子だった。


「私、将来は宮廷魔術師になるの!」


 それがメダの口癖だった。


 リケを用いた魔法を使う職業は実入りがいいらしく、多く幼子の憧れだ。僕も六歳の一年生の年を終える頃には魔術に興味を持っていた。


「なら一緒に王立学院を目指そうよ」


 僕も、宮廷魔術師になるかはともかくいい官職に就くのが目的ではあったから、目指す先は二人で王立学院だった。


「絶対一緒にいこうね! 約束!」


 メダと指切りするのも日常になっていて、僕とメダは僕の家でよく一緒に勉強していた。


 王立学院を目指すというメダは有言実行の人で、成績は常によかった。僕は言語学習でチートじみた能力が生まれついてるので一位を取るのは容易だったし、メダは常にその次の順位につけていた。


 もっとも、義務教育一年目で王立学院の入試の話がくるわけもない……ましてニナギはルーラシアの中でも田舎に入る。


 僕とメダが何気なく一年の終わりを迎えて家で勉強をしている時、僕はトイレに立った。


 メダはもう略式版のパカンナントを大概読み終えていて、二人で秀才に数えられていた。それはそれとして僕はメダにも男であることを隠していたわけだけど……。


 僕がグレポクトと呼ばれる便座(木製)に座って用を足していると、ノックもなくメダが入ってきた。


「ギドー、算術の新しい参考書買ったって言ってたけどどこ……え」


 メダが見ているのは僕の股間だった。


 時が止まる中、しっこだけがジョロジョロ出ていて僕はこんな早く人生詰むことあるんだって驚いてた。


「TINKO――――!!」


 やたらいい発音でメダが叫んだ。同時に干し魚を取引相手とやり取りしていたケクママが家の中をどたどた走ってきた。


「なんだ!? TINKOとか聞こえたけど……うおおおお!!」


 放尿を終えて固まる僕と僕を見て赤くなっているメダ、それを目撃したケクママは叫んだ。


「なんで入ってくるのメダ!?」


「いやギドならいいかなと思って! でもそれTINKO!? TINKOだよね!?」


「Tワードを連呼しないで!!」


 こうして、僕はあっさり男であることが周りにバレた。間が悪いことに、ケクママの取引相手が聞きつけていて、その人を通して僕が男であることはあっという間に村に、島に知れ渡ったのだった。



 その頃の僕は噂でしか知らなかったけど、ルーラシアには遠隔での連絡手段がある。田舎だとあんまり流通してないだけで。


 それを通して出た翌日のペカン日報の見出しはこうだ。


《花都ギバイルク南部ニナギ島ザバギン村に男の生存が確認される。ルーラシアに男が生まれるのは八十六年ぶり。事の経緯は確認中だが、ニナギ島から王都に連絡が取られ、王都では王立騎士団の幹部を派遣する予定》


 ……これだけで男が生まれるのがどれだけ数奇な出来事か分かろうってもんだ。


 直接のきっかけになったメダは申し訳なさそうにしていたけど、僕はどうせいつかはバレるよなとちょっと思ってたので、少し経つと落ち着いた。男だってバレたより放尿シーン見られた方が大きい。


 けど、その日のケクママは沈んでいた。


「ギドと一緒に食事ができるのも今日が最後かも知れない……」


 そんなことを言いながら刺身を用意してくれた。


「絶対なんとかするからさ」


「なんとかと言っても、男に人権はないんだぞ。場合によってはすぐに首を刎ねられるなんて話もある。言うことを聞いて貰えるかも怪しい」


「検索複写、世界人権宣言」


 僕はその場にバンと向こう側の有名な文章を印刷した。


「この力を有効に使うって言えば、なんとかなるかも知れない」


 それが唯一助かる方法だった。


 ケクママは心配そうにしてたけど、でも実際それでどうにかはなったのだ。


 この世界の男はダレオスサという古の魔王の呪いによって、女と交わると病気を発生させる、だから殺していいことになっている。


 ただ、男が生まれても生かされるケースと言うのは存在していて、それが僕みたいになんらかの能力を先天的に持っているパターンだ。


 あとはつまんない形式ばった調査とやり取りだったけど……王立調査団団長騎士ザラと副団長宮廷魔術師デティの前で僕は検索複写の力を使い、その力を王都で活かすという条件の下で生存権を得た。


 僕……だけでなく、王立学院いきを希望したメダも王都ルーラキアに向かうことになり、ケクママとメダの両親をニナギに残して僕とメダは調査団の飛空艇で王都まで飛んだ。


「絶対また一緒にご飯食べようね」


「ああ、絶対に」


 ママとそんな大事な約束を交わして。


 そこから先は平和……というのもおかしいけど、まあ何事もなく義務教育年限を終えて、十六から始まる高等教育院にメダと一緒に合格したってわけだ。


 これが、僕の異世界転生プロローグ。ごめん最後らへん大分端折った。話が始まんないからさ……。

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