Style.41 アトラクションは危険信号?


 アトラクションエリアの一角で、しのりんが足を止めた。


「ねぇ、潮風コースター乗らない?」


指差す先には、青いレールがゆるやかに海側へ伸びている。


「これね、風が気持ちいいんだよ。途中で海のトンネル通るのも綺麗だし」


しのりんは笑顔で続けた。


「まあ、スリルはあんまりないけど」


その言葉を真受は、一字一句、疑うことなく受け取った。


「そ、それ……乗りたい!」


食い気味だった。


「桐沢さん、ジェットコースター平気なんだ?」


陽太が意外そうに尋ねる。


「問題ありません! 低脅威アトラクションと判断しました!」


「低脅威……?」


「よし、じゃあ行こっか!」


しのりんの一声で、四人はそのまま列へと並ぶ。


◆◆◆


順番が近づき、いよいよ席決めのタイミング。


係員が前方を指差す。


「前から順に、どうぞー」


「……あ、えっと」


そこで、陽太が少しだけ声を落とした。


「どうせなら……初めて乗る僕と桐沢さんが前の席がいいかなって……」


視線を合わせず、恥ずかしそうに提案。


「私は後衛部隊なので後方に乗ります!」


「え?」


「後方から全体の安全を確保しますので、ご安心ください!」


「そ、そういう意味じゃ……」


陽太が言い切る前に。


「寺島! じゃあ一緒に前行こうよぉ!」


沼田くんが、にやにやしながら肩を組んだ。


「ぬ、沼田……!」


抵抗する間もなく、陽太はそのまま前方席へと連行されていく。


その様子を見ながら、しのりんは一瞬だけ目を瞬かせた。


(あれ? 今のって……)


ほんのり、何かを察した気配。


しかし声には出さず、自然に真受の隣へ座る。


そして、前方:陽太&沼田、後方:しのりん&真受という配置が完成した。


◆◆◆


ガタン、と安全バーが下りる。


コースターはゆっくりと動き出した。


「わぁ……風が気持ちいいね」


しのりんが嬉しそうに声を弾ませる。


潮風コースターの名前の通り、潮風が頬を撫でる。

速度も緩やかで、景色を楽しむ余裕すらあった。


(……確かに、低脅威)


真受は満足そうに頷く。


だが。


カチ、カチ、カチ……


コースターが、徐々に高度を上げ始める。

レールを噛む音が、規則正しく耳に響く。


そのたびに。


真受の表情が、少しずつ強張っていった。


「……しのりん少佐」


「えっ? 少佐ってなに!?」


「あの……高度が、上昇しているようですが……」


「そりゃそうよ。ジェットコースターだもん!」


「しかし、想定より高度が……」


前方から、沼田くんの楽しそうな声が飛んでくる。


「うおー、寺島! 海めっちゃ綺麗!」


「ほんとだ……わ、結構高いね……」


陽太の肩が、わずかにこわばっていた。


その声を聞きながら、真受は安全バーをぎゅっと握り締めた。


(待ってください。低脅威とは……?)


視界の先には、さらに高く続くレール。


そして、その先には──海へと突き出すトンネルの入口が静かに口を開けていた。


(……脅威レベルの再定義が必要かもしれません)


カチ、カチ、カチ……


コースターはついに最高地点へと到達すると、一旦動きを止めた。


「か、各員! 衝撃に備えてください!」


真受が、張りつめた声で叫んだ。


「これより、落下します!!」


周囲の客席から、くすくすと笑い声が漏れ始める。


「ふふっ、なにあの子……可愛い!」


「係の人が乗ってるの?」


「ははは、とにかくみんな、衝撃に備えよう!」


隣の席で、しのりんは片手で額を押さえて俯いていた。


「し、しのりん少佐!」


真受が、緊張した声で問いかける。


「ご気分が、優れませんか!?」


「ううん……違う」


しのりんは小さく息を吐き、苦笑いする。


「ただ……恥ずかしいだけ」


「えっ、は、恥ずか──」


その言葉を最後まで聞く暇もなく。


ガタン。


車体が、前方へと大きく傾いた。


一瞬の浮遊感、そして急降下。


「ふわあああああああ!!」


真受の、悲鳴とも雄叫びともつかない声が空に吸い込まれる。


「キャー! 気持ちいいー!!」


同時に響く、しのりんの弾んだ歓声。


恐怖と興奮、悲鳴と笑顔。

二人は実に対照的だった。


コースターはそのまま勢いよくレールを駆け下りていく。


やがて、メインルートである海中トンネルへと突入した。


透明なパイプ状のトンネル。


左右には青く揺れる海中世界が広がり、魚たちがきらきらと泳いでいる。


「わぁ……!」


しのりんの声が、心底楽しそうに弾んだ。


「ほら、桐沢さん見て! すっごい綺麗だから!」


そう言って、左側を指差す。


しかし──


真受は、迷彩キャップをぐいっと深く被り、顔面をすっぽりと覆っていた。


「ええっ……まったく、見てない!」


思わずツッコミが飛ぶ。


「危険信号……発令中です……!」


キャップを片手でぎゅっと押さえながら、かすかに震える声。


安全バーを握る指も、力を入れ過ぎて白くなっている。


やがて、潮風コースターは減速しながらレールを滑り、静かに終点へと到着した。


ガタン、と小さな音と共に安全バーが上がる。


「あー、楽しかった!」


真っ先に立ち上がったのは、陽太だった。


少しだけ頬が赤いが、表情は晴れやかだ。


「……うそだぁ! 寺島、びびってただろぉ!」


沼田くんが笑いながら茶化す。


「びびってないから!」


その横で真受は、足元がおぼつかない様子で、よろよろと立ち上がっていた。


片手で手すりを掴み、深呼吸を一つ。


「みなさま……ぶ、無事でしょうか?」


真剣な表情で、周囲を見渡す。


「ふふ、無事に決まってるでしょ!」


 しのりんが吹き出すなか、真受はよろよろと壁にもたれかかった。


「低脅威の判定は……ミスジャッジでした」


こうして、潮風コースターは真受の中で脅威判定Aに格上げされたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る