Style.02 ヤンキー地獄巡り
動物園の入り口から、真受は“悪ぶる”ことに必死だった。
まるで敵対チームへ
「……おう、姉ちゃん」
「は、はい?」
受付のお姉さんは一瞬で警戒モード。
真受はサングラスを下にずらし、低い声で問いかけた。
「この動物園で、一番“強い”動物はどいつだい?」
「つ……強い……?」
一瞬フリーズし、目をぱちぱちさせる。
「学生二枚お願いします!」
すかさず陽太が割って入り、強引に会話を終わらせた。
「は、はいっ……どうぞ、行ってらっしゃいませ……」
お姉さんは軽く引きつり笑いをしながらチケットを渡す。
ゲートをくぐると、ふわっとした草の匂いと子ども達のはしゃぐ声。
早速、『カピバラ』の看板が目に入る。
「わっ……カピバラだって……!」
真受の瞳がサングラスの奥で一瞬だけキラッと輝いた。
だが、すぐに慌てて掻き消す。
「桐沢さん、カピバラ好き? 見に行こうよ!」
陽太は明るく真受を誘う。
「ふん……動物とか、別に興味ねぇけどな。寺島が見てぇなら別にいいぜ?」
しかし、日向ぼっこをするカピバラを見た瞬間──
「えっ! カピバラかわいすぎっ……!」
思わず叫んでしまい、我に返ってゴホゴホと咳払い。
「いや……まぁ、喧嘩してもコイツには負けねぇかな」
完全にキャラがブレている。
──続いて向かったのは、サル山で触れ合いコーナー。
しかし、真受が持っていたスナック菓子に小猿が興味津々で群がってくる。
「お、おお!? 何っ!? ちょ、マジで来ないで! 私、不良なんだけど!? 怖くないの!?」
「きゃああああああーーー!!」
叫びながら逃げ回る真受。
勢いでウォレットチェーンがブンブン揺れる。
「すみませんが、それ危ないので外していただけますか?」
見兼ねた園内スタッフに注意された。
「……はい。ごめんなさい」
──極め付けはフラミンゴの池の前。
スカートのポケットに手を突っ込み、肩で風を切りながら歩く不良少女真受。
地面が濡れていることに気付かず、つるっと滑って──「ふぎゃっ!!」
盛大に尻から着地、チェックのミニスカ泥まみれ。
陽太が慌てて駆け寄る。
「桐沢さん、大丈夫!?」
「ふ、不良は、こんなもん、屁でもねぇ……」
目には涙が浮かんでいた。
◆◆◆
デートの終盤、ベンチでジュースを飲んでいると、陽太がふっと笑った。
「桐沢さん。もしかして、今日ちょっと無理してた?」
陽太の声は優しい。真受がずっと無理をしていた事に気付いて、しっかりと気遣っている。
しかし真受は──何故か暴走してしまう。
「ああん!? なに言ってんだ? 無理なんてしてねぇし。アタイ元からこういう系なんだわ。知らなかった? 地元じゃちょっと有名なんだぜ? おぅ!?」
もはや、自分でも何を言ってるのかわからない。
「そ……そっか。でも、すべって転んだ不良はちょっと可愛かったけどね」
陽太の爽やかスマイル。
真受は顔を赤らめながら、ジュースのストローを噛んだ。
「う、う、うっせーな……笑うなよ、コラ……」
それでも陽太はニコニコしながら、「またどこか行きたいな!」と言ってくれた。
その言葉だけが、唯一の救いだった。
◆◆◆
その日の夜、自宅の部屋のベッド。
天井を見つめる真受。
(あー、死にたい……)
トーク履歴から【琴美】の名前をタップ。
〈プルルル……〉
『よっ、真受! どうだったのよデート! 成功? 失敗? 恋の予感!?』
スマホの向こうから、ウキウキとした琴美の声が跳ねた。
「琴美……私、完全にやらかした……」
『えっなに! やらかしたってまさかの告白!? 付き合ってます!?』
「ちげーよ……」
『ちげーよ!?』
──ほのかに残るヤンキー口調。
「あのね。今日一日、“不良系女子”をやりきったつもりだったの。そしたら、フラミンゴの前で派手に転ぶし、サルにお菓子袋かっさらわれて……チェーン振り回して……スタッフに注意されて……」
『は? あんた地獄でも巡ったの?』
「でね、最終的には寺島くんに『無理してない?』って引きつった笑顔で言われた……」
『ヒィ……!』
「もう終わったぁ……嫌われたぁ……人生詰んだぁ……!」
『はっきり言おう真受。それはもう、黒歴史確定だ』
「やめてぇ! 正式に言わないでぇ!」
枕に顔を埋めて盛大にバタ足。
「で、でもさ……そのあと『また行こうね』って言ってくれた……琴美、これって脈アリ……?」
「いやなし。それ慈悲。尊いけど……99
「えぇ……もうダメじゃん。私、寺島くんの記憶の中で一生“イカれたヤンキー女”じゃん……」
『まぁ、でもね? 逆にそれでまた誘ってくれたら本気なんじゃね? 真の仏なのかも』
「本気……かぁ……」
『てか、真受……アンタもマジで恋しちゃってる感じ?』
「もう分かんない……」
通話を切った真受は、布団にくるまってふて寝モード。
──果たして、真受の恋(?)は、桜のように散ってしまうのか。
胸の奥にはまだ、小さな春が残る。
真受の恋は──きっとここから始まる。
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