真受は何でも真に受ける!

鳥部 本太郎

Style.01 真受は何でも真に受ける!


「桐沢さん、今度の日曜日──空いてる?」


 突然の問いかけに、桐沢真受きりさわまじゅは歩みを止めた。


「えっ?」


 校舎裏のごみ集積所。二人は今週のごみ捨て当番だった。


 午後の光が差し込む静かなその場所で、突然の寺島陽太てらしまようたの発言に硬直する真受。


「あの……良かったらさ、一緒に動物園に行かない? ……だめかな?」


 ──真受は息を呑んだ。


 四月の風が微かに残る桜の花を散らせながら頬を掠めたが、今はそれどころではない。


 人生で初めて男子から“デートのお誘い”を受けたのだ。


 ふわりと香る、ごみ捨て場特有の酸っぱい匂いも、今の真受には芳醇な椿の香りに思える。


(あ……私、何秒くらい無言になってる? わかんない! やばい、何か言わなきゃ、何か……)


「なんで、私が……?」

 ようやく絞り出せた言葉は、失礼極まりないセリフ。


 勿論、突き放すような意図は決して無い。


(どうして、私を誘ってくれるの?)という素朴な疑問の意であったが、口から出た言葉はその感情を汲み取ってはくれなかった。


 陽太は放心している真受の手からゴミ袋をそっと取り、収集場に放りながら照れくさそうに笑った。


「あ、嫌だったらごめん。 桐沢さんとなら、楽しいかなって思ったんだ」


(うそでしょ……夢じゃないよね?) 


 心臓の鼓動だけが妙に大きく聞こえる中、真受はぎこちなく頷いた。


「……うむ」


「うむっ!?」



◆◆◆



 放課後の教室。


 陽が傾き始めた窓のそばで、真受は机に突っ伏すようにして悩んでいた。

「ねぇ、琴美ことみ……私、ほんとに行って大丈夫かな……?  動物園って普通の服でいいの?  どうするのが正解なの?」


「……だから行けって!  あんた、高二にもなって彼氏出来た事もないんだから、そろそろ作んなきゃでしょ」


 前の机でプリントをまとめていた親友の須藤琴美すどうことみが、呆れたように言う。


 すると、隣の席から“にゅっ“と差し出される雑誌。


「じゃーん! 乙女の味方、今月のPalette☆Styleパレットスタイルだ。参考にせよ!」


 差し出したのは、もう一人の親友、西園果穂にしぞのかほ

果穂がティーンズ雑誌の表紙をめくりながら、キラキラした目で解説を始めた。


「ねぇ、ここ読んで。『今は不良系女子がモテる!? その迫力で男子をノックアウト!』って! ねっ!?」


 果穂がページを開いて見せたのは、派手なフォントの見出しのついた恋愛特集の記事。


「やっぱ時代はワル系でしょ! バチっと決めて、主導権握らなきゃ!」


「……不良……?」

 真受は、雑誌のページをじっと見つめた。


【タイトジャケットにツッパリメイク! 睨みを効かせた冷たい視線が男子の心を震わせる! 迫力こそが恋愛の最強武器だぜ! 】という刺激的なコピー。


 真受の心の中でバイクのエンジン音がけたたましく鳴り響いた。


「……そうか……これだ……これだわ……!」

 気付けば真受は果穂からPalette☆Styleパレットスタイルを奪い取って天に掲げていた。


「時代は……不良系女子っ!」


「えっ! あんたまさか信じてんの!?」

 琴美のツッコミも虚しく、真受の目はすでにキラキラと燃えていた。


「その調子だ! 真受!」

 果穂が声援を送る。楽しんでいるように見えなくもない。


 ──真受は何でも真に受ける。


それが、“恋”の始まりとも、“試練”の始まりとも知らずに。



◆◆◆



 日曜日、待ち合わせ場所の動物園前。


 現れた真受を見て、陽太は思わず思ったことを口にする。


「えーと、桐沢さんて……普段そんな感じなんだ。ちょっと意外だな」


 明らかに目が泳いでいる。ガラガラと幻想が崩れる音すら聞こえてきそうだが、真受には届かない。


 リーゼント風ポンパドールでビシッ! と決めた真受のファッションは黒サングラスに黒ライダース。

赤いチェックのミニスカートに網タイツ。

 そして極めつけは、腰からぶら下がる極太ウォレットチェーン。キラリと光る金属のラインが、真受の“決意”を象徴している。


「お、おう寺島ァ……ま、待たせたな、コラ……(ゴホン)」


「え、うん……」


 ──いきなりの重い沈黙。


 決して、これから楽しいデートが始まる空気では無い。まるで『果たし状』を受け取って約束の場所へ集合した番長の対峙である。


 真受は無理矢理に眉間を釣り上げ、陽太を鋭く睨みつける。


「おい……行くぞオラ」


「…………」


(うん、掴みは良い感じ! いま寺島くんのハート震えてる……よね!?)


 何故か手応えを感じる真受。


 どうなる、初デート。

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