第25話 答え合わせ:オニキシウス来訪

 薄暗い店内は、しっとりとした音楽がかかっていた。

 それでも、気取りすぎず気安い雰囲気がある。

 レンガの壁に、木目の美しいカウンター。

 客用のソファ席には小さな暖炉があり、柔らかな火の熱が点っている。

 太い梁が見える作りになった天井は意外にも高く、閉塞感とは無縁だ。

 客はいない。


「あれ? お客さん? すみません、今マスター、仕入れに行ってて」


 バイトの店員が話しかけてくる。

 オニキシウスはふらりとカウンターに近寄った。


「えーと、ごめんなさい、今まだ開店準備中で」

「……ぃ」

「あ、はい?」

「瑠宇にぃ……」

「ルーニー?」

「あ、あ、あの、昔ッ……俺……」


 言葉が出てこない。

 昔、あなたの近所に住んでいた子どもです。

 それだけを伝えたいのに。


 緊張すると寡黙になってしまう。

 喋らなければいけないところで黙り込むオニクシアスは、昔から気持ち悪がられた。

 この人にだけは、嫌なところを見せたくないのに。


 ルーカスは黙ってオニクシアスを見ていたが、にこっと微笑んだ。


「とにかくどうぞ! 寒かっただろ。ここ、空いてるからさ。カウンターでよかったら座ってください」


 金髪、青い目、それに笑うとのぞく小さな八重歯。

 ああ、やっぱり。

 やっぱり瑠宇にぃだ。

 生きていた。


「う……」


 だぱっ、とオニクシアスの目から涙が溢れた。


「わ」


 あからさまにルーカスが驚く。

 狭いカウンターをよろめくように一歩下がる。

 きっとひかれている。

 だとしても、涙は理性でとまらなかった。

 突然いなくなった憧れの兄貴分が、ちゃんと生きていたのだ。


「る、う、う……」


 ひたすら泣き続ける黒づくめの男を、ルーカスはじっと見つめてくる。

 ごめん、とか、なんで、とか、よかった、とか、言いたいことはたくさんあるのに、それらの全てが結実しない。


 オニクシアスが注文もせずに、バーカウンターに座って呆然と泣き続けていると、ルーカスが


「あっ!」


 と、声をあげた。


「お前、昔、南千住に住んでた……!? もしかして、クロじゃねぇ!?」


 オニクシアスはこくこく頷いた。

 岸 六郎(きし ろくろう)。


 六人兄弟の末っ子。

 要らない子と言われて家からはじかれていた黒歴史が蘇る。


 ここに来る前に、己の捨てた名前――。


「うっわ、懐かしい! クロじゃん! 何年ぶりだよ! うわあ、大きくなったなあ~!」


 青い目にきらきらと自分が映る。

 変わっていない。

 あの日の瑠宇にぃと――。


「元気してたか?」


 こく、と頷いたオニキシウスは、涙と鼻水と鼻血でぐずぐずになった顔を、恥ずかしげも無くルーカスにさらした。


「ふっふふ……おい、イケメンが台無しだぞ。ほれ、拭けよ」


 ティッシュを何枚かとって渡されて、幼子のように顔を拭った。

 ようやく会えた。

 ちゃんと生きていた。


「なあ、お前がどうやって生きてたか教えてくれよ」


 それは、オニキシウスの人生の中で最高に心臓の鼓動が高まった瞬間のうちの一つに違いなかった。


 ここに来た理由も忘れそうになりながら、オニキシウスは生身では十年近く見ていなかった恩人の顔を、網膜に焼き付けるようにじっと見つめた。

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