採点表 物語要素「失われたものを求める」「隠しパラメータ」

「あった!」


千晶が押入れの奥から段ボールを引っ張り出した。


「何?」


勝彦はソファでテレビを見ていた。


「大学時代の荷物」


「へえ」


勝彦の返事は生返事だった。


「ねえ、手伝ってよ」


「なんで?」


「探し物」


「何を探すの?」


千晶は少し恥ずかしそうに言った。


「...ノート」


「ノート?」


「うん。昔書いた、理想の夫チェックリスト」


勝彦は笑った。


「やめとけって。恥ずかしいだけだから」


「いいじゃない。気になるんだもん」


##


千晶が段ボールを開けると、古い教科書、写真、手紙。


「懐かしい」


千晶は写真を手に取った。


「これ、サークルの合宿」


勝彦も覗き込んだ。


「若いね」


「勝彦も」


写真の中の千晶は、髪が長い。勝彦は痩せている。


「もう二十年前か」


「そうね」


二人は黙って写真を見ていた。


##


「あ、これ」


千晶が手帳を取り出した。


「何?」


「日記」


千晶はパラパラとめくる。


「うわ、恥ずかしい」


「何書いてあるの?」


「読まないで」


千晶は手帳を胸に抱えた。


でも、勝彦は興味なさそうだった。


「別に読まないよ」


「...ちょっとだけ読んでもいい?」


千晶がそう言うと、勝彦は笑った。


「自分で書いたやつでしょ」


「でも、なんか恥ずかしい」


##


千晶は手帳をめくりながら、ふと止まった。


「あ」


「どうしたの?」


「これこれ。理想の夫チェックリスト」


勝彦は少し緊張した。


「...見せて」


「やだ」


「なんで」


「だって、恥ずかしいもん」


千晶は手帳を閉じた。


「どうせ、俺はそのチェックリストに当てはまってないんでしょ」


「そんなことないよ」


「じゃあ見せてよ」


「やだ」


二人は笑った。


##


「ねえ、勝彦」


「ん?」


「このリスト、点数つけてあるの」


「点数?」


「うん。各項目に10点満点で」


勝彦は興味が湧いてきた。


「で、何点満点?」


「全部で100点」


「俺、何点だと思う?」


千晶は少し考えた。


「70点くらい?」


「え、そんなに低いの?」


「70点って高いでしょ」


「まあ、そうだけど」


勝彦は少しがっかりした。


##


その夜、千晶は手帳を読み返していた。


理想の夫チェックリスト。


- 優しい(10点)

- 面白い(10点)

- 頭がいい(10点)

- お金持ち(10点)

- イケメン(10点)

- 料理ができる(10点)

- 家事を手伝う(10点)

- 話を聞いてくれる(10点)

- サプライズが得意(10点)

- ロマンチック(10点)


千晶は笑った。


なんて浅はかな基準。


##


翌朝、勝彦が聞いた。


「で、俺は何点なの?」


「え?」


「昨日のリスト」


千晶は笑った。


「計算してないよ」


「なんで?」


「だって、今となってはどうでもいいもん」


勝彦は少しむっとした。


「俺、気になるんだけど」


「じゃあ、一緒に考える?」


「うん」


##


朝ごはんを食べながら、二人はチェックリストを見た。


「優しい、10点満点」


千晶が読み上げた。


「俺、何点?」


「うーん」


千晶は考えた。


「8点」


「なんで満点じゃないの?」


「だって、たまに冷たいもん」


「例えば?」


「昨日、段ボール運ぶの手伝ってくれなかったじゃん」


勝彦は笑った。


「それはごめん」


##


「面白い、10点」


「これは?」


「5点」


「え、低い」


「だって、勝彦のジョーク、つまんないもん」


「そんな」


千晶は笑った。


「でも、面白くなくても好きよ」


「フォローになってない」


##


「頭がいい、10点」


「これは...7点」


「なんで?」


「だって、勝彦、よく忘れ物するじゃん」


「それは頭の良さとは関係ないでしょ」


「そうかもね」


二人は笑った。


##


「お金持ち、10点」


千晶が読んだ瞬間、勝彦が言った。


「これは0点」


「そんなことないよ」


「だって、俺、普通のサラリーマンだし」


「でも、ちゃんと働いてるじゃない」


千晶は真面目な顔で言った。


「私、お金より、ちゃんと働いてる人が好き」


「...ありがとう」


勝彦は照れた。


##


「イケメン、10点」


「これは?」


千晶は笑った。


「6点」


「え、そんなに低いの?」


「だって、勝彦、痩せたら8点になるよ」


「ひどい」


二人は笑った。


##


そうやって、全部の項目を見ていった。


料理ができる - 3点(できないけど、たまに作る)

家事を手伝う - 7点(やるけど、言われないとやらない)

話を聞いてくれる - 9点(ちゃんと聞いてくれる)

サプライズが得意 - 4点(苦手)

ロマンチック - 3点(全然ロマンチックじゃない)


##


「合計...」


千晶が計算した。


「62点」


「低い」


勝彦はがっかりした。


「でもね」


千晶は笑った。


「これ、20年前の基準だから」


「そうだけど」


「今なら、違う項目になる」


「例えば?」


##


千晶は考えた。


「朝、ちゃんと起きてくれる、とか」


「それ、普通じゃない?」


「でも大事」


千晶は続けた。


「病気の時、看病してくれる、とか」


「それも普通」


「ゴミ出しを忘れない、とか」


勝彦は笑った。


「それ、最近忘れてたじゃん」


「たまにね」


##


「ねえ、勝彦」


「ん?」


「隠しパラメータってあると思わない?」


「隠しパラメータ?」


「うん。見えない点数」


千晶は真剣な顔で言った。


「このチェックリストには載ってないけど、大事なこと」


「例えば?」


「一緒にいて、安心する、とか」


勝彦は黙って聞いていた。


「ケンカしても、ちゃんと仲直りできる、とか」


「それは...ある」


「朝起きて、隣にいてくれる、とか」


千晶は少し恥ずかしそうに言った。


「それが一番大事」


##


勝彦は千晶の手を取った。


「じゃあ、その隠しパラメータ、俺は何点?」


「100点」


千晶は笑った。


「満点」


「本当?」


「うん」


二人は笑った。


##


その夜、千晶は手帳を引き出しにしまった。


「もう見ないの?」


「うん。もう必要ないから」


「そっか」


勝彦はホッとした。


「でもね」


千晶が言った。


「あのチェックリスト、一つだけ正しかったことがある」


「何?」


「探す旅、楽しかった」


勝彦は笑った。


「理想の夫を?」


「うん。でも、もう見つけた」


「誰?」


「あなた」


勝彦は照れた。


「点数低かったのに?」


「見えない点数があるから」


千晶は笑った。


「それで十分」


##


翌朝、いつものように目覚ましが鳴った。


いつものように朝ごはんを作る。


いつものように「いただきます」と言う。


隠しパラメータ。


見えない点数。


それは、日々の積み重ね。


ー おわり ー

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