早朝の月
蓮田蓮
早朝の月
早朝の乗車。晩秋の冷たい空気が車内にわずかに流れ込み、窓の外の東の空が徐々に明るさを増していく。
車掌の汐海は、ふと目を上げてうっすらと輝く満月を見つめた。
休日の早朝、乗客はまばらで、ホームを行き交う人影も少ない。夜明けの静けさのなかで、月は徐々にその輝きを失い、白く淡い姿へと変わっていく。やがて空は水色に染まり、西の空に残る月は真っ白く浮かんでいた。
汐海は、この月を見るたびに、大学時代のある夜を思い出す。あの時も、駅のホームで同じように西の空の月を眺めていた。ダンス部の仲間たちと夜の練習を終え、疲れた体で夜風に当たりながら見上げた満月。その冷たく澄んだ光は、仲間たちの笑顔と未来への希望をそっと照らしてくれていた。
長い駅間を移動し、確認作業をこなす合間、ほっとひと息つく瞬間にこの月を見つけると、あの夜の感覚がふわりと蘇る。疲れた心が少しずつほどけ、今日も一日頑張ろうという小さな力が湧いてくる。
「今日も、頑張ろう」
静かな独り言が、朝の空気に溶けていった。
乗客の少ない車内に、電車の走行音だけがリズムを刻む。満月はやがて西の空に消え、汐海の胸には、昔と同じ温かい希望の余韻が残っていた。誰かに見せるためではなく、自分自身のための、ささやかで確かな勇気。
そして今日も、汐海は小さく息をつき、淡々と車掌動作を続けるのだった。
おわり
早朝の月 蓮田蓮 @hasudaren
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。早朝の月の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます