第33話 直接対決

 ダンジョン一階層。


 昨日公開した動画で玲奈が提示したルートの先にある開けた大部屋。


 宣戦布告をした側として俺達は予告した時刻よりも幾分早く、そこに陣取っていた。


 二階層へ続くルートからも大きく外れ、一階層の中でも滅多に冒険者も訪れない。


 道中も分かれ道が少なく、この部屋から一〇〇メートルは一本道だ。


 部屋の中には無数の岩が転がるが、通路を見張るのに死角は無く、迎え撃つのに都合が良かった。


 居座っていた魔物も討伐済み。


 俺達が『犯人』と対決する事を公に宣言している訳だが、配信をする事も示している為に不要な疑いを避ける為か野次馬も居ない。


 準備は万端だ。


 後は、奴等が来るのを待つだけ。


「おっさんもグミ食べる?」


 ……なのだが、玲奈は特に緊張とかはしていない様だ。


 朝にコンビニにでも寄ったのか、歯ごたえが人気というグミを頬張っていた。


 はい、と一粒を摘まんで俺に差し出す。


「ん? ……ああ、うん」


 それに手を出して受け取ろうとしたが、


「あーん」


 玲奈は悪戯めいた笑みを浮かべながらグミを摘まんだ手を俺の口元に持っていく。


「ええ……いいよ、そういうの……」


「遠慮しなくてもー。可愛い女の子が餌付けしてあげるんだから素直に喜びなさいって」


「餌付け言われて喜ぶ趣味はな、ン――」


 眉を顰める俺を玲奈は面白がって、グミを押し付けて来た。


 半ば無理やりにグミを口にねじ込まれる。


 独特な甘酸っぱいような風味と妙に硬い触感が口に広がる。


 グミなんて久しく食べてなかったが、俺の知っているものと全然違った。


 ブドウやミカンなどのシンプルな果汁グミが懐かしく思える。


「何味なのコレ?」


「エナドリ味。美味しいでしょ?」


「……んー」


「あはは、微妙そー」


 怪訝な顔でモグモグと咀嚼する俺に玲奈は機嫌良く笑った。


「先生、お茶飲む?」


「……うん。ありがとう」


 沙耶からペットボトルのお茶を貰って、口に残る甘さを流し込む。


 彼女は彼女で、駄菓子の酢昆布を摘まんでいる。


 俺は一息ついて、思わず眉を顰めた。


「なあ、お前ら。緊張しろ、とは言わないが、もう少し用心した方が良いと思うぞ。これから、一戦交えるんだからな?」


“それな”

“決戦前とは思えない程にまったりピクニックしてるじゃん”

“若い子ってグミ好きだよね”

“相変わらず沙耶氏の好みは渋い”

“おっさんと玲奈がイチャついてるとこ見ても、なんかドキドキしないのはなんでだろう(´・ω・`)”

“別に不快でも無いんよな”

“わかる”

“最近の炎上騒ぎみて来た初見だが……ワンチャン、この人ら付き合ってても良い気がして来た”

“↑それな”

“ユニコーンが絶滅してるのも『フェアリー』の特徴”


 決定的な瞬間をカメラにおさめる為に前もって生配信を開始しているが、今のやり取りで退屈していたコメント欄がどっと沸いた。


「分かってるわよ。けど、ビビる必要なんて無いでしょ」


 玲奈はそんなコメント欄をちらりと見て、肩を竦ませる。


「それに程度のリラックスは、身体の強張りが解けて良いものよ」


 沙耶も小さく頷いた。


「確かにそうだけどさ……」


 俺は小さく溜息を溢した。そしてドローンのホログラム画面のデジタル時計を確認する。


 そろそろだ。


「ああ、そうだ。リスナー達、今の内にボリュームを下げていた方が良い。イヤホンだったら、耳痛めるからな」


 そう忠告した直後。


 カンッ、と乾いた音がして、ドローンに何かが当たったと思うと爆発に呑まれた。


 規模からして中級火魔法の魔道具アイテムだったのだろう。


 ドローンは黒い煙を上げながら地面に墜落した。


「――ははは! お望み通り来てやったぞ、『フェアリー』!」


 姿は見えないが、声だけが部屋に反響する。


 そして、何も無かった空間から三人の青年達が突然、現れた。


 赤い髪で耳にピアスをした、両手に攻撃を目的としたガントレットを装備した赤城拓海。


 茶髪で眼鏡をかけた、背に大剣を背負った浅田昴。


 黒髪で姿勢の悪い、双短剣を携えた黒崎渚。


 パーティ『ワイルドウルフ』。

 

「お前らのドローンは壊した。配信が出来ねぇんじゃ証拠があろうがもう関係ねぇぞ!」


 リーダーである拓海がガントレットの拳同士をぶつけて鳴らしながら、こちらを見下す様に顎を上げている。


 ドローンを破壊したと思って、勝利を確信している顔だ。


「随分と調子に乗ってくれたなぁー。ただで済むと思うなよ!」


 昴も背の大剣を下ろし、抜いただけで勝った気でいるらしい。


「後悔してももう遅いからな……!」


 渚は、どこかオドオドしながらも口元は緩んでいる。


 この場が“自分の狩り場”だとでも思っているのだろうか。


 三人揃って、慢心の塊だった。


 指導員時代だったら、クドクド説教を垂れていると思う。


 俺は深く溜息をついた。


「確認するが『フェアリー』の炎上を唆し、噂を広めたのはお前達、『ワイルドウルフ』で間違いないか?」


 腰の剣に手をかけつつ、俺は彼等に問う。


「ああ、そうだよ。それもこれも、全部お前らが悪いんだ」


「それはどういう理屈だ?」


 拓海の即答に問いを重ねる。


 分かっていた事だが罪悪感なんてものは、少しも持っていないらしい。


「あの時、そっちの女共が俺達に従っていれば良かった。あのまま死んでいれば良かった。テメェが、図に乗って目立たなければこんな事に成らなかったんだよ!」


 そう囀りながら俺を糾弾する様に指を突き付ける。


 酷い言い分だった。


「……大人しく、ギルドに自首する気はあるか? 今ならまだ、ライセンスの停止や降格処分で済むと思うが?」


 会話が成立するとは到底思えない。だが、一応、形として交渉してみる。


「そんな事する訳ねぇーだろ! バカかよおっさん!」


 昴は歪んだ笑みで高笑う。


「現実が見えてないんだね……。コレは酷い」


 渚も嘲るように笑いを堪えた。


「……何で自分が優勢だと思ってんのか理解できねぇーぜ。良いか? もうお前らは処罰する側じゃねぇ、凌辱される側なんだよ」


 拓海はどこか憐れむ様に、首を振る。


「俺らを晒す為のドローンは壊した。この場の事を知る奴はもう誰も居ない」


 黒い煙が残る地面に転がるドローンを指さした。


「そして、俺達を同じCランクと、対等と思っている事が間違いだ。俺らは、実質Bランク。万年Cランクのおっさんと、昇格したての女二人が敵う訳がねぇんだ。それに折角、こんな所で待ち構えてるってのに、罠も何もない! これでどう勝つつもりなんだ? 教えてくれよ! 元指導員なんだろ? 教えるのが得意なんだろーがよ!」


 彼なりに丁寧に説明してくれた。


 言いたい事が言えて、気持ち良いらしい。


 ――やはり、俺は指導員に向いていない様だ。


 仮に彼等の指導員になっていたら、どうして良いか分からなかっただろう。

 

「うわー。すんごい、饒舌じゃない。なんでそんなご機嫌なの……?」


 俺が眉を顰めていると、玲奈が心底うんざりしたように呟いた。


 挑発、では無く素直な感想らしい。――俺も同意だった。


「“野生の狼”だから、良く吠えるのよ」


「あは、確かに」


 沙耶の切れ味鋭い言葉に、玲奈は上手い事を言った、と軽く笑う。


「でも、これじゃ狼って言うか、子犬じゃない? キャンキャンと躾がなってないわ」


ワイルドウルフ野生の子犬達』を値踏みする様に眺めて、口元を手で隠してニヤリと笑う。――コレは分かり易い挑発だった。


「――はっ! そっちも良く鳴くじゃねぇの。でも、どうせなら……!」


 拓海の顔が歪む。


 自尊心が傷つけられた様で、怒りを露骨に出した。


 拳を握り、地面を踏みしめる。


「傷めつけて泣かせてやるよ!!」


 俺達に突進した。


 彼の拳が地面を叩き、強い衝撃が周囲に走り、部屋全体を地震の様に揺らした。


 俺達は各々跳び退きその場を離れる。


「それじゃ、とっとと片付けるわよ!」


「ええ。屈辱は晴らさせて貰うわ」


 玲奈と沙耶が、そのまま別々に駆け出した。


「俺はおっさんをぶち殺す! お前らは女共で先に遊んでろ!」


「良いね! 俺はこっちの黒髪だ!」


「じゃ、俺は金髪の方!」


 拓海に従い、昴は沙耶を、渚は玲奈を追う。


「はは! お楽しみの始まりだ!」


 そして拓海は高笑いしながら、剣を抜いた俺へと距離を詰めてくる。


 一瞬、力を溜める様に速度を落とすと、魔力で強化した脚力で天井近くまで跳び上がった。


 そのまま落下と同時に拳を振り下ろしてくる。


 俺が横に跳ぶと拳が空を切り、地面を穿った。


 それに一瞬遅れて衝撃波が走り、足元の岩盤が砕け、クレーターの様に陥没する。


「どうだ! スゲーだろ!」


 拓海はめり込んだ拳を地面から抜き、誇らしげに腕を振るう。


 その自分の破壊力に酔っているらしい。


「俺のスキルは《インパクトクラッシャー》。拳に込めた魔力を衝撃波にして叩き込む攻撃特化のスキルだ。おっさんのチンケなスキルじゃ防げねぇぞ!!」


 そのスキルが余程、自慢なのだろう。


 笑いながら、俺に何度も殴りかかってくる。


 躱す度に、空気を裂く様な衝撃音が轟いた。


「おらおら! どうした! 躱すだけで精一杯か! 少しは反撃してみろよ!!」


 拓海は更に踏み込む。


「ふっ!」


 俺は反撃と一閃。


「甘ぇんだよ、雑魚がっ!!」


 その剣に拓海は拳を合わせて、衝撃波が炸裂する。


「――っと……!」


 ドンッ! と俺は、後ろに弾き飛ばされた。


 それに合わせて自ら後ろに跳び、威力を流して受け身を取る。


 俺は一度、大きく息を吐き出した。


「攻撃特化ね……。納得だ」


「ようやく分かったか! 俺の実力がよ!」


 俺の言葉に拓海が勝ち誇る。


「――ああ、コレは少し想定外かな」


 チラリと、左右を見る。






 二人の方は――もう終わってしまいそうだった。

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