第28話 『ワイルドウルフ』の堕落

 繁華街の裏通りにあるカラオケ店。


 防音の効いた一室に、ある種の人気配信冒険者である『ワイルドウルフ』は集まっていた。


「はぁ!? 来れないぃ? なんでだよ……あ、おい――!」


 パーティリーダーである赤い髪に耳にピアスをした赤城拓海あかぎたくみが、ソファに乱暴に腰掛けて、スマホを耳に押し当てたまま、苛立ちを隠そうともせずに叫んだ。


「くそっ。アイツもドタキャンしやがった」


 単調な電子音が一方的な通話の終わりを告げて、スマホを睨みつけた。


 かつては声をかければ、女性リスナーの一人や二人は直ぐに集まったものだ。


 それ程の人気が彼等にはあった。


 ――少し前までは。


 拓海がそれを実感して舌を打つと、向かいのソファに座る茶髪で眼鏡をした浅田昴あさだすばるが肩を竦める。


「最近はどいつも、素っ気ないな」


 やれやれ、と軽く言うが目は少しも笑っていなかった。


「……ダメだ動画を上げてもコメント欄が荒れまくってる。再生数は滅茶苦茶伸びてるけど、批判ばっかだ」


 部屋の端で、スマホを握りしめている黒髪の黒崎渚くろさきなぎさは不安そうに画面をスクロールし続けている。


 昨日の夜にも新たに動画を上げた。


 ゴブリンを三人で囲い少しずつ、いたぶるのが『ワイルドウルフ』の鉄板ネタだ。


 惨めに逃げ回る醜い怪物が、必死に命乞いの様な真似をしている所を、スキルで吹っ飛ばす。


 演者である自分達もリスナーもスカッとするエンターテインメント。


 再生数とコメント数だけは確かに増え続けている。


 だが、それは称賛ではなく嘲笑と糾弾だった。


“ナンパしてた女置いて逃げた奴らだよな? クズじゃん”

“またゴブリン一匹を追い回してるよ。いい加減飽きた”

“ミノタウロスの件、説明とかないの?”

“SNSで炎上してるから来たけど、つまらん連中だな”

“もう、こいつら笑えないね”

“下品過ぎる”

“反省してないの草”


 等々。


 ついこの間までは、受け入れられ喜ばれた筈なのに。


 先日、ダンジョン三階層で見かけた女で少し遊ぼうと思ったらコレだから堪ったものじゃない。


「それも考えようじゃね? 広告スコアが伸びれば金にはなるだろ?」


 肩を落とす渚に、昴は眼鏡の位置を直して薄く笑う。


「まあ、そりゃそうか……って、なんだよこれ!?」


 渚の顔色が、みるみる青ざめていく。


「なんだ、どうした?」


 拓海がフリードリンクのコーラを飲み干して、眉間にシワを寄せる。


「たった今、ギルドから連絡来て――広告スコアの収益を停止するって……」


「はあ!?」


 震える渚の声に、拓海は声を荒げた。


「『ワイルドウルフ』の活動内容を厳正に精査した結果、動画再生による広告スコアによる収益を停止致します」? ――どうなってんだ?」


 昴が自分のスマホで確認し、眉を顰めた。


「他者の人格を否定する様な内容。暴力的な内容を含む悪質な動画が多数、確認されましたので……だってよ」


 渚が続きを読み上げる。


「だせぇ雑魚冒険者共をネタにしただけだろ……。ゴブリンの拷問だってあんなに盛り上がってたじゃねーか。意味わかんねー。ギルドの連中、何考えてんだよ」


 拓海は吐き捨てた。


「くそが。ホントに最近はろくな事がねぇ……あ?」


 拓海が何となく動画サイトを開くと、そのおすすめ欄に釘付けになる。


 表示されていたのは『初めてのゴブリン退治の注意点』なんていう、地味極まりないタイトルとサムネイル。


「こんな、だせぇおっさんのつまんねぇ動画がバズって、何で俺達がダメなんだ!」


 拓海は拳をテーブルに叩きつける。


 その振動で中身の入ったグラスが倒れるが、マイクもリモコン端末も私物でも無いので、誰も気にも留めなかった。


「――しかし、実際どうするよ。また収益が出来るようになるまで、しばらくはダンジョンで魔物でも狩るか?」

 

 昴の言葉に拓海は頭を掻きむしる。


 ギルドが提示した解決策は、該当する動画の削除と今後は、ガイドラインを守る事だった。


 ギルドの赦しが出れば、また動画の収益化が可能になる。


 その為には、素直にダンジョン探索を続けるのが近道だ。


 しかし、ダンジョンの狩りは、地味で命がけだ。


「今更、そんな事出来るかよ。あー、クソ! クソ! クソ!」


 必死に泥臭く土臭いダンジョンを走り回るなど、彼等が最も忌み嫌い避けて来た道。


 その為に、閲覧数が稼げる方法を模索した結果が“少しばかり過激な動画”な訳だ。

 

「そもそも、もう俺達はお終いだよ。SNSもこんなに荒れてたら、何したって批判される。こんなんじゃ、ギルドも評価なんかしてくれねーよ」


「……うわっ、どーすんだよ」


 渚と昴が落胆する。


 そもそもそんなつもりも無いが、普通に就職するのも難しい


「そうだな。お終いだ」


 拓海も呟いた。


 重苦しい空気が室内に漂う。


 ――しかし、それも数秒だけだった。


「だからよ。どうせなら、とことん楽しもうぜ……?」


 拓海が歪んだ笑みを浮かべた。


「良いね、じゃあ何するよ?」


 昴は薄ら笑う。


「そうだな。取り合えずアイツらに復讐でもしてやるか」


 拓海は笑いを堪える様に言った。


『ワイルドウルフ』の人気が失墜し、収益化が停止したのは、あの日からだ。


『フェアリー』の女共が素直に着いて来ていたら、ミノタウロスの群れになんか襲われなかった。


 あの女共が気付かない内に生配信なんかしていたから、『ワイルドウルフ』が女を置いて逃げた、なんて切り抜きが広まった。


 女共がとっとと死んでいれば、こんな大事にならなかった。


 あのおっさんが、調子に乗らなければ、こんな惨めな思いをせずに済んだ。


 ……だから、これは、正当な復讐だ。


“まだまだ生ぬるい。どうせやるならもっと過激にすれば良いのに”


 そんなコメントに三人の心が、随分と軽くなる。


 配信者は、リスナーの要望に応えるものだ。


「アイツら、今度、生配信するみたいだせ」


 渚がSNSを漁り『フェアリー』の告知を見つける。


 ――彼等は顔を見合わせ、歪んだ笑みを浮かばせた。

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