第8話 帰還報告配信

「――慌ただしい一日だったな……」


 俺はアパートに戻り、シャワーを浴び終えてベッド横に置いたちゃぶ台に座ると思わず呟いた。


 夕方はギルドが混雑する時間だった為に魔石の換金に小一時間かかってしまった。


 探索の後に行列に並ぶのはしんどかったが、通帳に振り込まれた額を見ると、普通に一か月働いた給料よりも断然、多い。


 その分、命の危険や心身の消耗があるので、毎日ダンジョン探索をするのは無理そうだ。


 血気盛んな若者ならハイテンションで連日、ダンジョンに潜れるのだろうか。年は取りたくないと思う。


 帰りにコンビニで買った弁当を温めるのもメンドクサイ。


 そんな自分への労いにと、缶ビールの蓋を開けた。

 

「――あ」


 弁当をつつきつつ、スマホを何気なく操作して、ギルドが運営する動画サイトを流し見ているとライブ配信の欄に彼女達のチャンネルを見つけた。


 気付けば俺はそれを開いていた。既に配信は始まっており、待機中の画面が流れている。


 しばらくして、画面が切り替わり玲奈と沙那の姿が映る。


 自宅なのだろう、白い壁を背景に二人でソファにかけていた。


『皆、調子はどーお? 『フェアリー』のレイナよ』


『調子はどう? 『フェアリー』のサヤよ』


 その挨拶と同時に二人の無事を喜ぶコメントが多く流れ出す。


『うん、皆ありがとー。おかげさまで、無事に帰って来れたわ』


『二人とも無事だから安心して』


 彼女達はしばらくコメントとのやり取りをして、


『さて、今日の配信を見てくれた人は何があったが分かってると思うけど、今日はとあるパーティにしつこく言い寄られてたの。それだけでも大変だったんだけど、三階層でミノタウロスの群れに遭遇しちゃってね』


『私達は群れに完全に囲まれてしまったわ』


『あれ本気で死ぬかと思ったわね。ただ、あの時に過去最高の同接数出てて、死ぬに死ねなかったけど』


『実際危なかったわ。もう少しという所で、玲奈のいつもの悪い癖が出てね』


『うっさいわね、あの時は上振れると思ったのよ。――あ、ギフトありがとーって『レイナは欲張ったら負け確定』? そんな事ないから!』


 玲奈の反応にコメント欄は流れの速度が速くなる。


 普段、あまり雑談配信は見ないが、こういう感じなのか。


 一度に大勢で会話しているのを見ている様で、これはこれで楽しいと思う。


『でも、そうね。今こうして配信出来てるのは、とある冒険者のお陰なのは確かかな』


 おかずの唐揚げをあてにビールを逃しこんでいると不意に俺の事が話題に出て来て、画面を見る。


“あのコンビニに行くような恰好したおっさん?”

“地味だったけど、確かに強かった”

“誰それ、ライブ見れてないから分からない”

“詳細キボンヌ”

“地味だけど地味に強かった”

“いや、あの強さは地味じゃない”

“本人は地味”

“今の所、地味という情報しかない”

“二人とも無事で良かった! みんな、ただいま!”

“お前は帰れ”

 

 流れていくコメントを見て、玲奈は笑う。


『あはは。確かに地味だったかな。でも、意外にカッコ良かったかもね』


“うわーん。俺のレイナがNTRられた!”

“お前のじゃないだろ”

“そもそもレイナではちょっと……”

“俺はサヤたん派”


 俺は盛り上がるコメントに思わず、小さく笑う。


『おーおー、今日もアンタたち好き勝手言ってくれるわ。まだ私の魅力に世間は追いついてないのね』


“無理してぶりっこすんな:1000コイン”

“見てて可哀そうになる:500コイン”

“ウチはそんなレイナが好きだ。愛してるZE:200コイン”


『この……ギフト送ったからって赦させると思ってるのかしら?』


“そんな俺達が好きだろ?”


『好きなのはお金だけどね!』


“それはそうと、ダンジョン動画はしばらくはお休みですか?”


『いえ、配信は今後も続けるわ。今回の事で、自分の限界を知れたし、鍛錬を見直さないと』


 先にそのコメントに沙那が答えた。


『そうそう。次の企画も考えてるのよ。もしかしたら、コラボになるかもね♪』


 玲奈がご機嫌そうに笑う。


「今日死にかけたってのに、ホント楽しそうだなこの子」


“あんな事があったばかりなのに?”

“俺達のレイナは懲りないな”

“どんだけ再生数を伸ばしたいのか”

“今日のは割と危なかった。あのおっさんが来なかったら、二人とも死んでたかも”

“流石に前向き過ぎない?:300コイン”


 俺が思った事をリスナー達が代弁している様だった。


「ん? 前向き過ぎる? そんなの決まってるでしょ? 楽しいからよ」


 玲奈は当然の様に答える。


「たった一回の人生なのよ? 好きな事、楽しい事したいじゃない」


 その言葉に妙に胸がざわついた。


「ダンジョンで思いっ切り暴れるのも、色々企画考えて動画撮るのも、こうしてライブで皆と話すのも、私は好きよ。それでお金稼げるんだから猶の事ね」


 そう語る玲奈は生き生きとしている。


「皆も何かあるでしょ? 『好きな事』」


 彼女に答える様に、またコメントが流れて行く。


“仕事終わりのビールとかかな”

“ガチャ出るまで回す”

“パチンコ・酒・女”

“週末に子供と遊ぶ為に仕事頑張ってるかも”

“彼氏とデートが今の生きがい”


「良いじゃない。ソレが他の誰かに迷惑かけなければ、どんどんやってきましょ。――いや、誰かあんまり良くない奴いたわね。程々にしなさいよ!」


 そうして雑談はしばらく続き、少し覗くだけのつもりが最後まで見切ってしまった。


 時計を見ると二時間程配信していた。

 

「若いってのは良いね」


 歯を磨き、ベットに入る。


 身体も疲れ、ビールも飲んでいるが不思議と眠気はこなかった。


 妙に冴える頭で玲奈の言葉を思い出す。



 ――皆も何かあるでしょ? 『好きな事』。



 そういえば、自分の好きな事とはなんだろう?


 高校を卒業し、社会に出て『マーサナリ』に就職してからは、仕事ばかりの日々だった。

 このスキルのせいもあるし、自分の不器用さもあるが、あまり良い思い出は無い。


 ただ仕事に、何もやりがいが無かった訳でもない。


 少ないながらも慕ってくれる後輩も居たし、指導した新人冒険者や助っ人として参加したパーティにも素直に言う事を聞いてくれた人達もいる。彼等が活躍するのは


 どこか誇らしかった。


 だが、それが自分の好きな事、では無いのも確か。


 趣味や目標と言えるものも特にない。


 玲奈たちが羨ましく思えて来た。


 そこで不意に思い出した。


 俺は英雄になりたい訳ではなかった。立派な人物になりたい訳でも無い。人助けをしたいという事も無い。


 子供の頃、進路とかそういう話関係なく親に将来なにをしたいかと聞かれた時の事を思い出す。


 ――冒険をしてみたい。


 何故と問われた。


 ――だって楽しそうだから。


 なんて答えたのだと、今更、思い出した。


 その時は、ダンジョンや魔物の怖さも知らずに、ただそう思っていた。


 だって、たまたま見た動画の冒険者達がとても輝いている様に見えたから。


「……楽しそう、か――」


 時刻はもう日付が変わる頃。


 この時間にメッセージを送るのは非常識だと思う。



 だが、



 ――取り合えず、一度だけならコラボしても良い。



 自然とスマホを取り、玲奈にそう送っていた。


 程なくして。



 ――なら、明日お昼にギルドカフェで相談ね! バズる動画を撮るわよ!


 

「……ホント、楽しそうだな」

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