番外編「竜の愛し子と旦那様の甘い日常」

 春が本格的に訪れた辺境伯領の砦は、以前の無骨な印象とは打って変わり、色とりどりの花に囲まれた美しい城へと変貌を遂げていた。

 アナベルの力が土地にも影響を与えているのか、ここ最近は気候も穏やかで、作物の実りも豊かだ。


 城の中庭では、芝生の上にシートを広げ、アナベルとレオニールがピクニックを楽しんでいた。

 レオニールはアナベルの膝枕で横になり、気持ちよさそうに目を閉じている。かつて「氷の悪竜」と呼ばれた男の面影はない。完全に「愛妻家の甘えん坊」と化していた。


「レオニール様、お疲れではないですか?」


「ん……お前の声を聞いていると、疲れなど吹き飛ぶ」


 彼は目を開け、アナベルの頬に手を伸ばす。その指先には、もう呪いの冷たさはない。温かく、優しい人間の手だ。

 

「キュイ!」


 二人の間に、小さな影が割り込んだ。

 全身がふわふわの白い毛に覆われた、子犬ほどの大きさの生き物。小さな翼と、つぶらな瞳。それは、氷雪竜フェンリルが連れてきた、竜の幼体だった。

 アナベルに非常に懐いており、レオニールがアナベルを独占しようとすると、こうして邪魔しに来るのが日課となっている。


「こら、邪魔をするな。今は俺の時間だ」


「ふふ、レオニール様ったら、竜の赤ちゃんに焼き餅ですか?」


「……お前が可愛がるものは、例え竜だろうと嫉妬する」


 レオニールはふてくされたように子竜を摘み上げると、ポイと横に退けた。そしてすかさずアナベルの首筋に顔を埋め、独占欲を示すように吸いつく。


「あっ、レオニール様……外ですわ」


「誰も見ていない。それに、見せつけてやればいい。お前は俺のものだと」


 その言葉は、甘く重い。だが、アナベルにはそれが何よりの幸せだった。

 アナベルは彼の黒髪に指を絡め、優しく撫でる。


「はい。私はずっと、あなたのものです」


 子竜が再び「キュイ!」と抗議の声を上げる中、二人の甘い口づけは、春風に包まれて長く続いた。

 平和で、甘くて、愛おしい日々。それが、苦難を乗り越えた二人に与えられた、最高のご褒美だった。

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