龍に九似あり

「で、どないしたらこれを返せるん?」


何故かここで河太郎は深々と頭を下げた。


「お願いがあります。私の主を呼んでほしいんです」


康隆は眉をひそめる。そんなことをしなくたって、彼が返せば万事解決だからだ。そんな彼の思いを読んだのか、河太郎はしゅんとうなだれて口を開いた。


「それが、落ちたそれを探すのに妖力をほぼ使い切ってもて、主にまで届けられませんのや……やから主を呼んで、主に迎えに来てもらうんです……」


お滝は首を傾げた。


「そんでもさ、河太郎はんが呼べばええんちゃうの。わざわざ来てもらわんでもええやん」


彼女の声に、河太郎はしゅんとした。


「手前如きが気安く呼ぶのは禁忌なんですわ……お願いします、どうか……」


彼の消え入りそうな声に、ぱしゃりという水音が応えた。


「ほんなら儂らがヒントを出せばええんか? へっぽこ河童? いや、小童こわっぱか?」


ヌシがやんわりと口を開いた。いつの間にか他の鯉達も集まってきている。河太郎はむっとしたが、頼んますと言って頭を下げると、ヌシは髭をそよがせ、くるりとその場で回った。


そして鯉達ははしゃぐように、すいすいと水の中を踊り、それぞれが代わる代わるその正体を告げる。

 

「角は鹿や」


「頭は駱駝やね」


「首は蛇やで」


「腹はしんやわ」


「鱗は鯉なん」


「爪は鷹で」


「掌は虎な」


「耳は牛やって」


「ほんで、目は鬼や」


ヌシが最後に締めくくると、康隆は得心したようにあっと叫んだ。


「……ほんなら、貴方様の主は龍か!」


彼はにっこりと微笑んだ。


「左様でおざります。そやけどその手にあるのは、主様の目ん玉や」


『目ん玉?!』


二人の声が綺麗に重なった。呆気に取られていると、きゅう、という声が二人の耳朶をするりと撫でてはっとする。


「龍神さま……? 龍神さまやの……?」


ぼんやりと呟くお滝に、河太郎は微笑んで彼女の頭を撫でる。そして感謝の言葉を二人に述べた。


「ええ。主様が来はる! 姫も御所さんもほんまにおおきに!」


きゅうと言う声を響かせて、それは一陣の風を連れてきた。思わず二人は目を瞑ったが、康隆は手に持った感触が風に攫われるのを感じて薄目を開ける。そこには嬉しげに啼いた龍神と、それに伴われた河太郎の亀の甲羅の背中を、ぼんやりと認めたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る