最強災厄のラスボス陰陽師、誠実な人生を送ろうと努力する~赤ちゃんの頃から鍛えて原作知識と【時空術】で闇落ちフラグをへし折る~

ラチム

第1話 最強災厄のラスボス、生誕

 轟音、叫び、直後に雷鳴。俺の耳を騒音が刺激する。

 せっかく気持ちよく微睡んでいるのに、何やら周囲が騒がしい。


「……なんだ、これは」


 知らない声が一つ、つまり俺の部屋に知らない奴がいる。

 中年男性の声?


 さっきまでの心地良さが消え失せて、意識が少しずつ覚醒していくのを実感した。

 いよいよ瞼を開き、俺は起き上が――らない?


(おい、どういうことだ? 金縛りか?)


 起き上がるどころか手足を動かせず、目すら開けられない。

 これは本当に金縛りなのか?

 少なくとも俺の意識は完全に覚醒したはずだ。

 ここは夢の中じゃないとハッキリ断言できる。


 それでこいつはここで何をしているんだ?

 不法侵入者にしても意味がわからない。


「畳は捲れて壁には亀裂が入り、障子も完全に吹っ飛んでいる。 この子が生を受けただけで室内はこの有様……それに突然の雷鳴か。天候も急に荒れてきたな」


 ふと窓を叩く雨音と雷、そして光を感じた。

 こいつは人の部屋で一体何を言ってるんだ。

 目を開けて確認したいが、瞼が鉛のように重くてまったく動かない。


「あなた……無事みたいね」

「この夜道やどうがあの程度でかすり傷すら負うはずがない」


 もう一人、若い女性の声もするな。

 それに夜道やどうってどこかで聞いた名前だ。

 そうだ、確か現代和風RPGの『陰陽・妖王伝』に出てきたキャラ名と同じだ。

 ラスボスである座狗羅ざくらの父親の名前だけど、回想シーンにしか登場しないから今一影が薄いキャラだった。

 本編開始前にすでに死んでいるから、名前を憶えてないプレイヤーも多い。


「フ、フフフ……天が喚いている。嘆いている。この世の行く末を憂いている。これぞまさに天業……!」


 男が薄気味悪く笑い、また雷が鳴った。


「そう、天業! この世の秩序や理を乱す存在が生を受けた時、天は荒れる。世は乱れるぞ! 世はこの子を恐れるぞ! あまねく陰陽術……数千年にも及ぶ叡智などッ! この子が生を受けた瞬間にすべて無に帰した!」

「この子が……ふふ、私達の子……」


 俺は誰かに両脇を掴まれた。

 この浮遊感はおそらく持ち上げられている。

 陰陽術? 天業?


 やっぱり聞き覚えがあるな。

 これらも陰陽・妖王伝に出てきた単語だ。

 この二人はあの名作をプレイしながら話しているのか?


しずか、やったぞ! 長らく子宝に恵まれなかった私達夫婦が授かったのは……天業の子だッ!」

「私達の子が……天業の、子……」

「そう! 亜神あがみ家の第一子は天業の子! 落ちぶれた名家などと囀っていた凡愚どものマヌケ面が目に浮かぶわ! ハハハハッ!」

「あぁ……そう……そうね……」


 こういう時、頬をつねって夢かどうか確認するのがベタなところだが。

 あいにく俺は指一本動かせない。

 それだけじゃなくて歯が一本もない。何も喋れない。


(おい、これって明らかにおかしくないか?)


 夢じゃない。夢じゃないならこれはなんだ?

 俺の部屋に陰陽・妖王伝の熱烈なファンが入り込んで大騒ぎしているのか?

 どう考えてもそっちのほうが非現実的だろう。


「私のかわいい子……生まれてきてくれてありがとう……うふふふ……」


 今度は抱かれた感触があった。

 どういうわけか俺の頭を女性が愛おしそうに撫でている姿が想像できる。

 これはいよいよそういうプレイか?

 俺にそういう趣味はないからやめてくれ。


「この子に天業の子として相応しい名をつけよう」

「名前……何がいいかしら?」


 やめろ。勝手に名づけるな。

 俺にはちゃんと親からもらった名前があるんだ。


「ぅあ……あぃー……」

「あら! この子、喋ったわ! 今までずっと泣いていたのに!」


 え? 俺って泣いてたの?

 これじゃまるで俺が本当に赤んちゃんみたいじゃないか。

 せめて体は動いてくれ。

 せめて目を開きたい。


「この子の名前は……」

(うおおおぉぉぉーーーー! 開けぇぇぇーーーー!)


 俺は心の中で念じてひたすら手足に力を入れようとした。

 どんなにあがいてもまるで力が入らず、それでも俺は必死にもがく。

 こんな訳のわからない状況はすぐに脱したい。


 夢なら夢で早く冷めてくれ!

 俺を現実に帰してくれ!


「ぁうあぁあぁぁーーーーーーーーーーッ!」


 その瞬間、体の芯から手足に何かが駆け巡った。

 体が驚くほど軽くなり、やがてあれだけ重かった瞼もスゥッと開く。


「な、なんだと……! この子、出生直後だというのに……すでに妖力強化を!」

「目も開いているわ!」


 銀髪でうっすらと髭を生やす中年男性と黒髪の女性。

 そんな二人が俺の目の前にいる人物だ。

 この二人、忘れるはずもない。


 俺がどれだけやり込んだと思っている。

 現代に蔓延る妖霊、現代を駆ける陰陽師。

 その育成の奥深さから数百時間は遊べると評判の大人気RPG。


 陰陽・妖王伝。

 そこにいる二人はまさにゲームに登場するキャラクターだった。

 ラスボスの父親である夜道やどう、母親のしずか

 といってもこの二人は本編開始前に死亡している。

 ということは今の俺は――。


「よし! たった今、お前の名前が決まった! お前を座狗羅ざくらと名づけよう! 数多の妖霊を率いて平安の世を支配し……魔王と恐れられた史上最強の陰陽師の名だ!」


 座狗羅ざくら

 陰陽・妖王伝のラスボスにしてRPG史上最強最悪と名高い最強の陰陽師だ。

 あまりの強さからゲーマーからはトラウマだの理不尽ラスボスなどと罵られた。


 こいつは単にキャラクターを強化しただけでは絶対に倒せない。

 座狗羅ざくらの行動パターンは追い詰めるほどに変化して、それが数パターンにも及ぶ。

 その都度、適切な行動をとらないとわずか一手のミスで壊滅する。

 例えるならやり込み用の最強ボスがラスボスの座に居座っているようなものだ。


 更に本編での座狗羅ざくらも憎まれ役としては十分すぎた。

 座狗羅ざくらは日本中の悪の陰陽師や妖霊を率いていて手がつけられない。

 ゲーム内では傍若無人の限りを尽くして、作中の人気キャラを次々と葬った。

 実力では誰一人として座狗羅ざくらに敵わず、多くの犠牲を払ってようやく主人公が倒すことになる。


 やり込みRPGにありがちなラスボスより強い隠しボスなんてのもいるが、それがこの座狗羅ざくらだ。

 何を言っているのか自分でもわからなくなるけど、隠しボスを倒した果てにいるのが本編の時より遥かにパワーアップした座狗羅ざくらだ。

 初見のプレイヤーの中にはコントローラーを床に叩きつけた人もいるだろう。

 この座狗羅ざくらのせいで陰陽・妖王伝は神ゲーとクソゲーの紙一重な評価を受けている。


(そこにいるのは陰陽・妖王伝のキャラ、この夜道やどうは俺を見て座狗羅ざくらと名づけた)


 この異様に低い目線、短い手足。そしてなぜか裸。

 へそ下三寸にあるのは俺のそれ。ただしサイズはSSだ。


(ウ、ウソだろ……いやいや、そんなわけないって……)


 このぶっ飛んだ異常事態をなぜか飲み込めつつある俺がいる。

 血の気が引くという経験なんてしたことがなかったけど、おそらく今がそうなんだろう。

 体温が下がった感覚を覚えて、俺はすとんと尻餅をついてしまった。 


「おぉ、妖力強化がきれてしまったか!」

「さぁ座狗羅ざくら、たっぷりとお飲み……うふふ……」


 再び目が見えなくなり、手足に力が入らない。

 俺を抱いたであろうしずかは乳を飲ませてくれた。


(俺は……最強最悪最低のラスボスに転生してしまった……)


 乳の味も何もわからない。

 俺は母親のしずかに抱かれながら、今後の人生に憂いを感じた。

 そう遠くない未来、俺は殺される。

 どんなに強くても、それがラスボスの宿命だからだ。

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