名もなき罪へ、楽しい復讐を

きぬもめん

ただの悪役?


 SYはどこにでもいる悪逆非道の犯罪者であった。

 争いなどない平和な国で何でもない日常の中、むしゃくしゃするからという理由で民間人を襲った。通りすがりの子供を人質にとり、傷つけた。街に火を放った。日常を踏み壊し、消えない傷を刻み込んだ。

 その後、逮捕されたSYは改心することなく歴史に埋没していく。



 SYはただの教師であった。

 特に教えることがうまいわけでもなく人気があるわけでもなく、人並みに面倒ごとを嫌い、陰口を好む普通の教師。だから当然、教室の揉め事にも無関心を貫いた。クラスの人気者が言う「ただの遊びだから」という言葉を信じ、面倒そうな生徒からの相談を断った。一年も我慢できないなんて最近の子供はわがままだ、と口癖のようにぼやきながら。

 結果、夏休み明けにひとりが死んだ。

 残された机に置かれた分厚い遺書にはクラスで起きたいじめという犯罪についての事細かな記述と、SYへの恨み言が残されていた。

 同僚からの目撃情報もあり、処分を免れるわけもなく。

 懲戒処分を受け、自身を取り巻く空気に耐えられなくなったSYは自ら退職。しかし一度ついてしまった悪しき教師という印象は拭えず、近所の住民からも噂されるようになったSYがまともな社会生活に戻ることはなかった。



 SYはひとりの子供の親であった。

 賢さも運動神経も人並みで、けれど笑顔の可愛いわが子に恵まれたSYは、今をときめく有名俳優の親がちやほやされながらインタビューを受けている様を見て、何が何としてもこの子を歴史に名を残すような人物に育てようと使命感に燃えた。

 幼いころであれば吸収も早いだろうと、英会話にバレエにスイミングにボイストレーニングに塾と一週間に隙間なく習い事を敷き詰め、それが終われば眠るまでの間、学校の宿題と予習につきっきりで付き合う。分単位で詰め込んだスケジュールに子供は最初こそ文句を言ったものの、「あなたのためにやっているのに」と繰り返せば何も言わなくなった。

 しかし、そこまでやっているというのにSYの子供の成績は振るわない。大会の結果もテストの成果も人並み以下。

 努力が足りないのだろう、とSYは思う。

 そもそも必死さがないのだ。何を犠牲にしても成り上がってやろうという根性が、周りを出し抜いてやろうという向上心がない。

 ここまでやってあげているのに。

 子供が結果を残せないたび、SYは言葉をかけた。

 ある時は「あんたはとろいんだから、もっとちゃんとしないと」と、指導を。

 ある時は「そんなことで情けなくないのか」と、鼓舞を。

 ある時は「次結果出せなかったら死んでやるから」と、注意を。

 これで少しでも努力する意思を見せてくれればいいと思っただけだった。だが、子供の睡眠時間を削りながらたっぷり八時間眠っているSYは気づかなかった。それらがどうしようもなく自らの子供を追い詰めているということに。

 SYの子供は心身に異常をきたし、おかしくなった。奇声を上げ、幻聴に震え、暴れまわる。怪物と化した子供は警察の世話になるようになり、SYは親権を取り上げられた。虐待をしていたという事実はどんな言い訳をしようと消えることはない。

 ちやほやされる親とは正反対の立場へと自ら進んだSYには批判の声はあれど同情する声はなく、SYは静かに少しずつ世間から首を絞められるような一生を送っていく。



 

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