第2話 時期外れの転校生


 ギリギリに家を出た所為で、少し長めの時差式信号に引っかかってしまった。これで四分のロスタイムだ。思わずため息が出る。

 もたもた待っていると突然バシンと背中を強い力で叩かれた。


「なあ遥。今朝のニュース見たか?」

「ああ、変死体だろう? 左の首に噛み痕が……」

「えっ? 死体を視た・・のか? ── で、どうだった?」


 やばい、余計な事を言った。


「な、なんでもないよ」

「いやいや、ブルーシートに覆われていた死体の噛み痕を視たんだろ、詳しく教えろよ〜」


 しつこく絡んでくるこの男は佐久間さくま千秋ちあきというサッカー部のイケメンだ。

 性格がさっぱりしており、嫌味のない彼は私設ファンクラブが作られるほど女子から人気があるのに、どうしてか遥にだけしつこく絡む。

 通学も教室の中でも「遥第一スタイル」の彼は忠犬のように懐いていた。「帰る方向が一緒だから」と言うがそれは建前で、実際は違う。


お互いに、他人には知られたくない不思議な能力を持っているからだ。


 彼は佐久間神社の跡取り息子で、生まれつき霊力が高い。だから遥が何も言わずともこいつは何か違うと肌で察したらしい。

 そして千秋の能力は、集中すると【人の心の声】が聞こえる。それに比べたら、遥はまだマシな方ではないかと一人ごちた。

 意識して何も視なければ・・・・・いいのだから。


 口に出せない能力の所為で、二人の友達は相当限られていたが、今のところ能力を誰かに知られてはいない。


「首筋の噛み痕ってあれか、吸血鬼ヴァンパイア?」

「んなもん、この平和な世の中に居ないだろう……ってか、手首離せっ!」


 ブレザーの上から手首を抑えられ、半ば無理矢理千秋の手を振りほどいた。赤い薔薇の紋章が、細い手首から一瞬だけ覗く。


「わ、悪りぃ……」

「気をつけろよ……俺だって、コレ、見せるの嫌なんだから」


 千秋の行為がわざとではない事くらい分かっているのだが、大嫌いなこの薔薇の紋章が露見すると一気に気分が滅入る。刺青のように綺麗な薔薇の紋章は洗っても擦っても傷つけても消えない。


「遥が女の子なら、その薔薇の紋章って結構可愛いと思わないか?」


 人事だと思って楽観的にそう言う千秋に思わず深く嘆息した。

 男なのに薔薇の紋章とか、タトゥーにしても気持ち悪いと言われるよりは、マシなのかも知れないが。


「で、で、何が視えた? やっぱり化け物?」

「そんなの、分かんないよ……」


 教室のドアを開けるまで今朝のニュースについて言及されたが、遥もずっとテレビにかじりついていた訳では無いので返答に困る。


「あっ、遥くん、千秋、おはよ〜!」


 やっほーと手を振ってきたのは、柊唯ひいらぎゆい大宮加奈おおみやかなだ。

 二人は千秋と一緒によくつるんでいるグループの女子で、自然と口数の少ない遥とも仲良くなっていた。

 唯は黒髪のロングヘアをなびかせながら、遥が席に着くまでもどかしそうにしつつ、二重のアーモンド型の瞳をさらに大きくさせると「ビックニュースよ!」 と机を叩いた。


「転校生が来るんだって、しかも海外から!」

「新学期も始まってるのに?」

「んー、ほら、そこはきっと家庭の事情があるんじゃない。とにかくっ、金髪のイケメンよ!」


 イケメン外国人が大好きな唯はやや鼻息荒くそう話し、興奮収まらない様子だった。


「はあ……遥くんの叔父様とどっちが素敵かな。ねえねえ、遥くんはいつお家に行かせてくれるのかな」


 カバンから教科書を取り出しつつ言葉に詰まる。唯はこうやって時々、「遥君の家に行きたい」アピールをしてくることがある。数日前に偶然スマホに入っているウィルの写真を見られてしまい、彼女はウィルに惚れた。完全に一目惚れだ。

 父親の写真だとは言ってないので、唯の中で独身のイケメン貴族と恋愛を繰り広げる妄想ストーリーが出来上がっている。

 おまけに妄想に拍車がかかり、ウィルに告白するタイミングまでイメージしているとか。女子の妄想力って凄い。


「ほら、チャイム鳴るぞ」


 色よい返事が貰えず、不貞腐れた唯を無理矢理自分の席に戻らせた。


 ホームルームを告げる鐘の音と共に、クラス担任が入り、日直の挨拶と共に始まる普段と変わらないその朝。

 担任に続いてもう一人、金髪のショートヘアに菖蒲色しょうぶいろの瞳を持つ妖しい魅力を持つ美青年が入ってきたので、クラスが一気にざわついた。

 深緑のブレザーを着こなした美しい顔がクラス全体を見渡し、にこりと微笑む。途端に女子から黄色い悲鳴があがった。教師が静かに、と言っても誰一人聞いていない。


 彼は独特の色をした瞳で微笑みを浮かべたまま、他の誰かを探すようにぐるりと教室全体を見渡した。

 今、目が合ったわよね!? と錯覚した女子達が、失神しそうに顔をとろけさせている。よもや学校に推しのアイドルが来たみたいな反応だ。

 そして、視線がぱちりと合う。

 彼は遥の顔を見た瞬間、口角を僅かに吊り上げた。


 


見つけたよ、混血児ダンピール




 彼に射抜く様に見つめられた瞬間、身体の血や体液、全てが逆流するような不思議な感覚に陥った。


「ぐっ……」

「遥、大丈夫?」


 突然込み上げてきた猛烈な吐き気を堪えていると、後ろの席に座るかなでが優しく背中をさすってくれた。

 奏には小声で「大丈夫」と言い、遥はもう一度彼に視線を向ける。

 先ほどとは違い、彼の菖蒲色の瞳はまるで血のようなあかへと変化していた。


 なんだ、この感覚……。


「彼はアスラ=ティエノフくん。ご両親の転勤で、今月から日本に半年間滞在するそうだ。我が学校初の海外留学生。みんな、仲良くするように」


 教師の説明が酷く遠い。頭は割れそうに痛み、視界はグラグラとゆがんだ。心臓の鼓動が早くなり、異常に気分が悪い。出来るだけ彼の視界に入らないよう片肘をついてガンガンする頭を支えた。


「アスラくんは、日本語は出来るのかな、ええっと……」

「はじめまして皆さん。アスラ=ティエノフと申します。日本は初めてですが、皆さんと楽しく過ごさせて頂きたいと思っております。どうぞ、よろしく」


 藤宮遥・・・くん。


「……!?」


 思わずずるりと支えていた肘が外れる。いま、頭の中に確かに声が響いた。彼は一言も発していないのに、確かに名前を呼ばれたような気がしたのだ。

 とは言え、クラスに来たばかりの彼が生徒の名前を覚えているわけがない。


 あの瞳は、危険だ。


 頭の中では警告シグナルが鳴っているのに、名前を呼んだ彼から目をらす事が出来ない。

 じっとりと汗ばむ両手をきつく握りしめていると、自己紹介を終えたアスラはゆっくりと遥の隣の席に腰を下ろした。

 その佇まいだけでも強烈なオーラが滲み出ており、圧倒的な存在感と威圧感に、こちらの息が詰まりそうだった。


「よろしくね、遥くん」


 くすりと微笑むアスラから差し伸ばされた手を握り返すことは出来なかった。

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