第19話 不幸ノート10




 たぶん、時間にしたら、数分しか歩いていないと思う。

 ただ地面に木の根がボコボコしていたり、ここ数日、雨が降った記憶もないのに、ぬかるんでいるところがあったりして、山道みたいに歩きにくかったから、そこそこ長く歩いたような気がしただけで。


(やっと……)


 建物が見えてきた。

 それは、大きな洋館だった。


 いや、敷地との兼ね合いを考えれば、想像よりはこじんまりしているかもしれない。

 木々に埋もれているって感じ。


 だが近づいてみると、それなりに大きくて立派な建物だと分かった。


 しかし洋館というと、おしゃれな作りの、誰々が設計した、みたいのを想像するかもしれないけれど、目の前の建物は、とにかく古めかしくボロボロで、端々が黒ずみ薄汚れていて、外壁が割れているところも、ちらほら。

 廃墟だと言われても、納得していたかもしれない。


 ただ、未遊にはドツボだったようだ。


「わあ! すごい! やばい!」


 テンションバク上がりみたいで、語彙力ゼロの、場にそぐわない声を上げている。


(オカルト、好きだもんね)


 確かに、やたらクラシカルで、いかにも曰くがありそうな建物に見える。

 後は、ミステリー好きなんかも喜びそうだ。

 今にも事件が起きそうだもの。

 ホラーアトラクションみたいだと思えば、楽しそうと言えなくもない。かもしれない。


(お金持ちなんだな、不方くん)


 それを知ったら、みんなますます彼に夢中になっちゃうかもね、と姫乃は思う。

 イケメンで金持ちなんて、まさしく人生の強者じゃないか。


(喧嘩は弱かったけど)


 いくら知り合いが住んでいるところだと言われても、姫乃一人だったら、入ることを躊躇っていただろう。


 だが未遊はまったく、警戒してないみたい。

 むしろワクワクが止まらないようだ。


「どうぞ」

「わあ、ありがとうございます!」


 これまた大きな正面扉を、ぎいぎいと重苦しい音を鳴らして開くと、胡散臭い執事に案内されて、中へ。


 だが、建物の内部は、外側の廃墟感から想像するよりは、ぜんぜんキレイだった。


 というか、エントランスは高い天井まで吹き抜けており、上の窓から、まだまだ陽の光が燦々と入って来ている。

 外よりも、ずっと明るい雰囲気。


(想像した通りのお屋敷って、こんなかもしれない)


 レトロが売りの、ホテルでありそうかも?

 ちょっとだけホッとした。


 だと言うのに。


「屋敷内には整理されていない場所も多数あり、危険ですので、案内されたところ以外は、決して立ち入りませんようお願いいたします」


 執事はいかにも思わせぶりに笑って、こんなことを言う。


「もちろん、外も。一人で歩き回るのは危険かと思います。さすがに迷って出れなくなるようなことはないと思いますが、たまにプチ遭難される方もおりますので」


 もしかして、からかわれているんだろうか。

 確かに歩いてきた森(?) は、そうなってもおかしくないくらいの雰囲気はあったけれど。

 でも場所から言えば、姫乃の家からも近い、こんな場所で遭難なんて、まさか。

そう思うけれど……。


「こんなに広いと、お掃除するの、大変ですね」


 未遊が周囲を興味深く見ながら、呑気な声を上げる。


「掃除はメイドの仕事ですが、うちのメイドは働き者ですので」

「ふむふむ」

「お坊ちゃまの部屋は、こちらです。どうぞ」


 一階の廊下の奥を示され、特に疑うこともなく、ついていこうとした。

 なにしろ、それしか選択肢はない。


 が。


「危ない、ダメダメ。そのオジサンについてったら、危険だよ」


 不機嫌そうな、子供の声。

 見ると、エントランスの真ん中に伸びた二階への階段の途中に、メイドさんが立っていた。


 ひと目で見て分かる、白と黒のメイド服。

 スカート丈はコスプレっぽいミニスカートではなく、ふくらはぎまである。

 手には柄の長いハタキを持って、頭にはカチューシャ。

 上から下まで、お手本みたいなメイドさん、かと思いきや、靴はスニーカーという出で立ちだった。


 未遊たちの前まで、軽快に降りてきたそのメイドさんは、身長は一三〇センチくらいだろうか。

 本当に子供ではないか、と思える小ささだった。


「あ、メイドさん……?」

「そーそー。案内は私がしますよ。だから、オッサンは、もう行った行った」


 しっしっと、彼女は、いかにも面倒臭そうに手を振る。

 執事はニコニコした笑顔を貼り付けたまま、首を傾けた。


「エミールさん、お掃除で忙しいでしょう?」

「大丈夫。手伝ってくれるのもいますし、お客様の案内くらいはできましてよ」

「それは……残念です。いや、お茶でも入れてきましょうかね」

「それも私がやるんで、アナタは部屋に戻って大人しくしてて大丈夫です」


 未遊の知識から言うと、執事って、使用人の中では一番偉くて、メイドさんとかを取り仕切ってるんじゃなかったっけ? と思うけれど、ここではそんなこと、ないらしい。

 二人の会話の端々に、なにか含みのようなものも感じるし、なんだか人間関係が複雑に入り組んでいるのかもしれない。


 去っていく執事に、エミールと呼ばれたメイドがべえっと舌を出して見送ったことで、それを確信できた。

 仲が悪い、というわけではなさそうだけど。たぶん。


「笑魔様のところは、こっちね。ついてきて」


 エミールが不躾に持ってるハタキで示した先は、二階。


「あっちじゃないんだ」


 最初に案内されそうになった一階の奥を指差すと、


「あんな男を信用してたら、命がいくつあっても足りないですわよ。お気をつけあそばして、お姉様方」


 おほほほほ、と取ってつけたように笑い、メイドはハタキを振り回しながら歩きだした。


「あれ、偽物の執事さん? あなたは、本物のメイドさん? ついて行ってたら、どうなってたの?」


 三人、縦に並んで階段を登りながら、未遊が尋ねる。


 エミールは埃が立つのも気にせず、子供がやるようにハタキを振り振り、


「あれは、ただ悪戯好きの、悪趣味オジサンですわよ。私は本物のメイドさん。ね、本物の女子高生さん」


 さっきから思ってたけど、彼女は、どうにも仕草がメイドっぽくない。

 ハタキの扱い方もそうだけれど、敬語もなんだか適当だし、階段の登り方も、がさつで、乱暴で、


(やっぱり小学生みたいだ)


 二段飛ばしでぴょんぴょんと。

 元気があっていいけれど、スカートの裾から、ドロワーズが丸見えだ。


 どうなることやら、と思っていたけれど、ノックもせずに案内された、二階の奥の部屋に、ちゃんと目的の笑魔がいた。


 かなり雰囲気のある、いかにも洋館の一室、といった感じの部屋。

 天井が高く、未遊の部屋を二つ並べても敵わないほどの広さ。

 家具も、いかにもって感じのレトロ風が並んでいる。


 とても男子高校生の部屋とは思えないが、その真中にあるベッドの上に、笑魔はいた。



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